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広告では売れなくなった、2つの理由VMLab 辻井良一
『もはや広告では売れない』マーケティングの現場に携わる多くの人々が気付き始めている事実です。なぜ、広告では売れなくなったのでしょうか?
大メーカー「常勝手法」の崩壊
20世紀の後半は、大メーカーが、マーケティングの「常勝手法」を手に入れた時代でした。
一定以上の商品力と、圧倒的な資金力を背景に、①先ず売り場を支配し、充分なカバレッジを前提に、②大量のマス広告の投下を行えば、商品は面白いように売り場からハケました。
初期においては、消費者に夢を与える「商品の告知」が機能し、後期においては、競合とのわずかな差異を「針小棒大に」表現する工夫で、消費者は踊りましたが・・・・・今や、広告の機能不全は明らかです。
広告では売れなくなった、2つの理由
広告では売れなくなった理由は、大別すれば次の2つ。
その1.「流通の台頭」
その2.「ネットの浸透」
この2つの大きな変化(進化)により、人々の「買い物行動」が根底から変わり、大メーカーの「常勝手法」(=売り場支配と広告の仕組み)が、完全な機能不全に陥ったわけです。
その1.流通の進化が生んだ「業態ロイヤリティー消費」
「○○ビールが飲みたい、それを買いに行こう」、と言う「ブランドロイヤリティー消費」は、もはや過去の幻想?
- 会社帰りに何となく【コンビニ】へ→そうだ、ビールも買っておくか、ポテトチップと・・・乾電池も
- 化粧品見たいから【ドラッグストア】へ→ついでに洗剤と歯ブラシも
- 週末だ、夫に運転させて【GMS】へ→今週の食材と、そう言えば、ティッシュもシャンプーも
人々は今、生活のリズムに合わせてまず「買い場」を選んで行動し、そこで目に付いた商品をかごに入れます。これらは、小売業の急速な成長による「業態=品揃えの保証」が、消費者に浸透した結果起きている、「買い場選択行動」=「業態ロイヤリティー消費」であると、僕は定義づけて考えようとしています。
「あれっ、見たことない!買ってみよう!!」
コンビニのデザート売り場や、スーパーの食品売り場の前を通りかかって、貴方がカゴに入れるのは、決して「広告で見た商品」ではないことがしばしば。商品名もメーカー名も見ずに買っていることも多いはずです。「買い場」への信頼が、この新しい消費行動パターンを生みました。
A・I・D・M・Aステップの崩壊は、A・I・S・A・S論に代表されて論じられますが、こと、コモディティー商品においては、むしろ、Attention---即---Actionの消費=「A to A消費」が、起き始めていることを見逃してはいけないと思います。
*ここに一つの新たな提案があります。
コラム:買い場起点のマーケティング
その2.ネットの浸透で進む「ユーザーイニシアティブ」
車を買いたいと思って、テレビの前でCMが流れてくるのを待つ人はいないでしょう。
- 気になる「新車」情報は→ホームページでチェック
- 「デジカメ」選びなら→まずは価格コムで
- テレビで見た「温泉」は→すぐにヤフーで検索
日常のコモディティー商品とは対極的に、自分にとって「関与度の高い」商品や情報は、ネットによる検索≒情報への「能動的接触」が当たり前の時代(=ネットはユーザーの道具)。さらには、個人間のメールやブログと言う、2wayの情報交換も伸張の一途。
従来細々として、不確かだった「クチコミ系の情報」が、ネットの浸透のおかげで、1wayのマスメディアよりも、はるかに豊富で正確な情報流通経路に進化しました。
人間本来の「自主コミュニケーション」への回帰
未来のマーケティングの教科書にはこう書かれることでしょう。
「20世紀後半のわずか50年間ほど、テレビに代表されるマスメディアが、人間の行動に大きく影響した時代があったが、ネットの台頭がすぐにそれを終わらせ、生活者は本来の自主的情報選択に回帰した」と。
広告よりも、PRが重要
Web2.0の潮流を、僕は、人間が本来の「自主的コミュニケーション」に帰る流れと考えます。「クチコミ」と言う造語は「マスコミ」の驕りが生んだ不思議な言葉。そもそも人とは、自分の目と耳と口で、自分の見たいものを見、聞きたいことを聞き、話したいように話す生き物でした。
メディアの買占め=「情報コントロール」で、人々を一律に刺激して、反応を刈り取ることができた時代が終わりそうです。人は自主的に、情報を選別し、自分の信じるものを信じて、自分のリズムで行動する、当たり前の姿に戻ろうとしています。
*この流れを本当に理解した、PR政策とWeb政策が必要です。
コラム:「PRの底力」
コラム:「Brandの本拠地はH/P」
「狩猟・採集」から「農耕」の発想へ
クロスメディアと呼ばれる、情報の多元化・複層化により、人は安易に刺激に踊ることを止め、自己の知識を形成して行動する時代になりつつあります。 そうした中、人々の心の中に関心を芽生えさせ、共感を築いてゆく(=知識構造化)ためには、ノイジーな「広告」の刺激ではなく、信頼できる「PR」による知識の蓄積が、より重要になりつつあります。
そして、もうひとつ大切なポイントは「テーマの共感性」。(ソサイアタル)
*ファンを育てるマーケティングを「農業」に例えて分かりやすく説いた、最新の理論があります。
コラム:「オーガニック・コミュニケーション・ミックス論」/慶応大学・井上教授
原点に返って考える
新しい「技術論」は次々に唱えられていますが、その「技術」を駆使して、刺激と反応の従来のマーケティングを繰り返すのでは何も変わりません。流通の台頭と、Web2.0の潮流。2つの変化が「警鐘」を鳴らして、私達に言わんとしている所は、新しい技術を探せ(=How to)ではなく、企業(Brand)は、本来の使命を考え直せ(=What for)、そして、マーケティングの姿勢自体を考え直せ、なのだと私は確信します。
企業(Brand)の本来の使命とは、自社ならではの「価値を創出」し、
それを「必要とする人」のところへ、確実に「届ける」こと。
そしてその「創出価値」が、社会を豊かにしてゆくこと。
「ファンを増やす」=「市場を育てる」
私自身、マーケティングの目的は「買わせること」と信じて疑わない一人でしたが、今はこう考えています。
「買わせる」ことを目的とするマーケティングは、その場ごとの戦いの繰り返しなってしまって、構造が積みあがらない。(=Flow=狩猟・採集)
買いたいと思ってくれる「ファン」を増やすことを目的と考えれば、その努力は積みあがる。(=Asset=農耕文化)
Value Marketing Labでは、こんな当たり前の考えを真ん中に据えて、360°の視野で考えてゆきたいと思います。
コラム:「360°プロモーション」















