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CSRキャンペーン続々!
僕らが恐るおそる、ネピア「千のトイレプロジェクト」の準備に取り組んだのは2007年の秋のこと。まだほんの2年前のことだが、当時は先行するキャンペーン事例はほとんど無く、日本の社会で、こうしたCSRのマーケティング化=CRM的なアピールが受け入れられるのか否かの保証はほとんどなかったことは、もう何度も述べて来た。
ここへ来てスゴイ! 雨後の竹の子、続々の様相だ。
けっして悪いことではない。多くの企業が、ブランドの使命とサスティナビリティーに目覚め、自らの内発的な意思で社会貢献に取り組めば、その個々の取組による実効効果もさることながら、何よりも、そうした社会的な問題の周知に寄与し、この国自体の意識のレベルが上がり、明るい未来に繋がる土壌が育つ。
どんどんやるべしだ。
個々の取組みの姿勢の是非や、CRのよしあしや、トーナリティーの多少の違和感などはとやかく言うべきではない。
言うべきではない!・・・と、思いつつ、ついつい気になる。
ここのところで、一番目立っているのは・・・アサヒスーパードライのあれか?「うまい!を、明日に!」プロジェクト。
僕がそれをはじめてみたときは、とっても手作り感覚の(ちょっとダサい感じの)A4三つ折パンフレットだった。
へ~アサヒが? こんな地味なパンフレットで? 一県一善みたいな・・・手作り感覚で、ずいぶんベタな企画だけど素朴でいいじゃん!
あれ?でも、1本1円!!! とはずいぶん太っ腹!思い切った額の拠出だな~~と行った程度に受け止めていた。
なんと!TVが始まった。「No1の責任」と来なすった。
そのコピー、TV広告で面と向かって聞かされると・・・ちょっと違和感が先に来る。
千のトイレプロジェクト近況。
ネピア千のトイレプロジェクト、二年目のキャンペーンがスタートしている。
メッセージムービーや子供たちの絵や写真がとてもかわいいから、ぜひ一度見て欲しい。
今年は9月1日~12月31日までの4ヶ月間が、売上連動寄付の対象期間。お陰さまで、みなさんからのご支持の声も多い。先日は、ヤフーボランティアに紹介記事が載った。
キャンペーンは例年4ヶ月間なのだけれど、プロジェクトは一年中続いていて、僕らスタッフはむしろキャンペーン期間の前後の方が忙しい。
現地への取材訪問とか、リリースの準備とか、HPのリニューアルアップとかとか・・・。今回も、9月のスタートに向けた準備の5・6・7月くらいが山だった。
我ながら、今年のHPは(去年に比べ)ずっと充実したように思う。何しろ、去年の寄付で実際にトイレが出来上がった村や学校を訪問させてもらったから、レポートのリアリティーが増した。
僕らの、リアリティーも、数段増した。
本当の社会貢献とか開発支援とかと言うことの意義について、”学び”が進んだと思う。
そう、つくづくそう思う。
これは(支援活動とは)、僕らの学びの課程なのだと。
CSRの階段。
昨年の7月にスタートさせたネピア千のトイレプロジェクトが2年目を迎える。
今年は9月~12月の4ヶ月間のキャンペーン期間を設定して、東ティモールの支援を続ける。
8月初めのプレスリリースと、Webサイトのリニューアルに向けて今はちょっと大忙し・・・いや、忙しいのは僕よりも五十嵐くんや並河さんなのだけれど・・・僕もやっぱりちょびっと忙しい。
プロジェクトサイトでの、説明の組み立て方や内容、範囲などを考えながら、自ずと、昨年来の僕らj自身の、CSRに関する理解の変化を振り返ってしまった。
CSR:企業の社会的責任と言う言葉が独り歩きを始めてまだ間もないが、この言葉はこの言葉で、やはり相当に奥が深い。
ただ、実際にその前線に踏み込んで動いてみてつくづく思うのは、CSRには”企業の志のレベル”によって、明らかに段階があるな~と言うことだ。
まず、お付き合いの奉加帳型と言う段階がある。お祭りの寄付のような感覚だ。さまざまなNPOなどの活動の趣旨に賛同して、協賛や寄付をする。実施には踏み込まないが、それでも寄付は活動に生かされるので、しないよりははるかにいい。
CSR/とりわけCRM型のむずかしさを考える。
明日19日の午後に、「ネピア千のトイレプロジェクト」を題材としたシンポジウムが開かれる。
その中で語られるテーマーに関してのMTGを、先週持った。
メンバーは、ネピア、雑誌オルタナ、ユニセフ日本協会、井上教授と僕らVMLだ。
議論が白熱したのは、企業のCSRは・・・マーケティングか否か?のとらえ方に関してだ。
「ブランドへの支持を取り付ける”為の”CSR」はバッテン。
「企業の”志”から生まれたCSRが”結果”として支持される」のはマル。
ううううむ、むずかしい。紙の裏表の議論だが、そこには真理が潜む。
この議論は結局は、ブランドの、或いは企業活動自体の、サスティナビリティーの原点に至る。
そも・・・マーケティングとは何か?企業活動とは何か?何が営利で、何処までが社会貢献か?
CRM(コーズリレイテッド)型で、商品の販売と寄付を絡めるタイプの場合はさらにむずかしい。
企業の意思と、お客さまの善意と、売上や利益や競合とのシェア争いなどの問題が、事実として周辺に見え隠れしてくるからだ。
ただ、案ずるより生むが安しの面もある。
ネピアが実施したアンケートでは、なんと98%の消費者が、購買が寄付につながるCRM型のキャンペーンは「日常の買い物が社会貢献になるのでとても嬉しい仕組みだ」と感じてくれている。
CSRの公演での質問。
去る6日木曜日。ある代理店のコアメンバーを前に、90分ほどの時間をかけて、20世紀型のパワーマーケティングの終焉からCSR型のマーケティング発想へのパラダイムシフトの潮流に関してお話をさせてもらった。
公演を終えて、質疑応答へ。
その際の聴講者からの質問。
「ブランドのサスティナビリティー/企業の志し/ブランドの人格・・・みんな正しい正論だけれど・・・”そんなひま無いベヤ!!”ってのが実感なんだけど、現場はどうすればいいの?」
「・・・・あなたはどう思いますか?」
と、切り替えして間を稼いだ僕だけれど・・・実際のところよくよく解かる質問だった。
続けて僕は言った「では、今効きそうな小手先の施策を続けけて・・・それで、本当によくなりますか?先が見えてきますか?競合とシェアを争う時代は既に終わっているんですよ、自分のブランドが、顧客に何を提供できるかだけを真っ直ぐに見て、それをメッセージする。・・・つまり急がば回れだと感じているんですが・・・・」
・・・実のところ、この議論はかみ合わない。
思い出せば1990年頃にもこんなことが論じられた。例えば、当時瀕死の重症に陥っていたN自動車。S化粧品。Kビール。・・・何をやってもダメだった。だめになればなるほど、古いシバリの中での小手先の工夫が増えた。そして戦うほどに、新しいパラダイムに負けた。・・・・・・そして、誰の目にも負けが現になった頃に、やがて新しい時代が来た。
どうせ逃げ切れない、殿戦(シンガリ戦)だと感じた。シンガリ戦は消耗戦だ。どんなに優秀な武将や兵士を投入しても必ず負ける戦だ。そのシンガリが身を挺して本体を逃がしている時間のうちに、本体は逃げ切って立ち直らなければならない。
そうでなければシンガリ戦に命を落とした人たちに報いられない。
つまり、シンガリ戦を戦いながら逃げるこの戦に正義はなかったのだ。ここを逃げ切って、次の”正義ある戦”を戦う体力を温存して、捲土重来を図ると言うのが筋だ。
マーケティングを”戦争”に例えて語ることはやめたいと思っている。でもついつい、そうした方がわかりやすい局面にも対面する。困った現実だ。
アンケートの声に感動。
7月にスタートしたネピア千のトイレプロジェクトも、好評のうちに終盤を迎えている。先日は、テレビのニュースでもオンエアーされた。
昨年秋から取り組んだ「手作りCSR」も、その初年度の成果が検証される時が近づいている。
サイト上での、アンケートキャンペーンでは、毎週毎週多数の好意の意見が寄せられている。万を超えるアンケートのオープンアンサーを読んでいると、僕らが投げかけたメッセージがどの程度、どのように消費者(生活者)に届いているのかが垣間見られて面白いし、プロジェクトの当事者としては学ぶことが実に多い。
消費者は、企業の「姿勢」を注視しているのだ。
我々マーケッターは、常に消費者に見られながら舞台に上がっていることを忘れてはいけない。
そして、消費者の「印象」はつみ上がり、それが「Brand」を形成してゆくのだ。
ネピア千のトイレプロジェクトを題材とした「CSRシンポジウム」が、11月の19日(水)に開催される。雑誌オルタナと慶應MCCの共催。慶応大学井上教授が、これからのマーケティングとCSRをひも解く。参加は無料なので、時間のある方はぜひ参加して欲しい。
CSRは、従来のお仕着せの段階を卒業してこれからのマーケティングとブランディングの柱になって行くキーぽいんであることはもはや疑う余地もない事実だ。
雑誌「オルタナ」の志し。
環境ビジネスマガジンと言うのかな・・・社会貢献や環境への配慮に取り組む企業や、企業のそうした活動の背景と実際などを、ビジネスの視点からずれずに掘り下げている雑誌だ。創刊一年で、無料誌から有料誌への切り替えを果たし、ページ数も着実に増やしている。
先日は、YahooNewsのトップページでも取り上げられて、風を受けて走っている。
社長の新楽(にいら)氏とは、近頃親しくさせていただいている。ユニークな経歴の持ち主で、かの東急ハンズをゼロベースから立ち上げた、創業チームメンバーだったそうでもともとは流通系のご出身だ。
編集長、森氏は日経新聞出身、副編集長、木村女史は時事通信出身。それぞれに「志」の確かな方々だ。
三人の、ほんの一年前の着目と英断の起業が、大きな実を結びそうな流れを巻き起こしている。
活動は雑誌の紙面に限られない。さまざまなネットワークなどで立体的な新たな”動きの目”の役割も期待されている。
これからの、企業やブランドの広報的なコミュニケーションのあり方と照らして、実に楽しみな存在だ。
中田英寿@NewsZERO・・・「社会貢献」を語る。
最近何となく、”ナカタ”の名を聞くことが多くなってきていたように感じていた。今日も日中、PR系の仕事のMTGで”ナカタ”の名が出た。NewsZEROの話も出ていた。
夕方からのMTGと会食の後、帰ってTVをつけたら、実にたまたまNewsZEROだった。さらにたまたま続きで、中田が出て話していた。
ワールドカップの最後の試合の長い笛の後、独りフィールドに寝転んで宙を見やり、自分の世界に入ってしまった彼の姿は、僕はそれほど好い印象では見ていなかった。その後の旅も・・・良く分からなかった。
だが今日、久々に見た彼は、とても”いい顔”になっているなと感じた。話していた中身=旅で見つけた”気付き”の話も、すうっと腑に落ちた。
実は4月の東ティモール視察(with unicef)で、僕らは”ナカータ”に出合った。
本物ではない。
僕らの視察時に山道を一緒に着いて来た6~7歳のティモールの可愛い少年の名前が”ナカータ”だったのだが、父親に聞くと、何と将に、アジアの名サッカープレーヤー中田にあやかって”ナカータ”と名づけたのだと言う。 スポーツの力はスゴイ!と感じた。
その中田英寿が、社会貢献:CSRに意識を持ち始めている。世界を旅する中で、unicef関連のアフリカの井戸のプログラムにかかわっている。
実は(実はが多くて申し訳ないが)、僕らの東ティモール行きでご一緒したunicefの”U女史”は、アフリカのマリで中田と接点があって、東ティモールの”ナカータ少年”の話は、中田に伝わっているそうだ。
世界は狭い。テーマが繋がれば、情報の伝達パイプは思っているより太くて早い。 どこかで繋がる。
CSRブームに思うこと。
CSR(Corporate Social Responsibility)論議がかまびすしい。直訳すれば「企業の社会的責任」となるこの言葉が急に注目度上昇中だ。地球温暖化やECO意識の高まりとも相まって、日本(世界)の生活者の意識がそちらに向き始めているのは確かな事実だ。企業は敏感にその潮流を感じ取っている。
昨今はCSR的企業活動のアピールや、CSRを訴求するキャンペーンが相次ぐ。かく言う僕ら(VMLab)も、この夏にスタートする、あるコモディティー商品ブランドのUnicef支援プロジェクトの立ち上げ準備に忙しい。
いたずらに購買を動機付ける為の「オマケ合戦」や、売り場争奪の為の「値引き合戦」に比べれば、遥かに良い傾向と思う。
ただ、似非CSRキャンペーンは許せない。
CSRとは何も、植林や環境保護の”慈善的”活動を意味する訳ではない。
僕の根本的な考えでは、企業の存在と事業自体が、CSR(≒社会善)に通じているのが最も正しい姿だと思う。つまり、企業の存在自体が社会にとって価値のあることであることが原点だ。その理念が問われる。
その上で、製造や販売と言う経済活動で果たせる社会貢献(=社会善に繋がる価値の提供)は事業において果たし、そこで果たしきれない企業の理念を、非営利のCSR(≒コーズ)的活動で補って、企業全体として社会に貢献すると言うバランス?と言うか、趣旨の一貫性が何より大事だと思う。
赤福の事件に思うこと。
赤福の事件報道がかまびすしい。食材の転用や、日付の改ざんが、組織的に繰り返されて来ていたとしたら、大いなるブランドによる、許しがたい裏切りだ。
テレビのニュースを見ていて、伊勢神宮に隣接するあのお土産屋街「おかげ横丁」が、赤福の功績による立ち上げだと、初めて知った。以前に、初めてお伊勢参りに赴いたときに「この商店街はすばらしい」と、素直に感じたものだった。聞けば、スポーツ施設の協賛による地域振興にも取り組んでいたらしい。
■オーナー企業の明と暗
先日、白い恋人の事件でメディアを騒がせた、札幌の石屋製菓さんを思い出した。前社長とは仕事でお会いしたこともある。
石屋製菓さんも、Jリーグのコンサドーレの支援など、地域への還元に極めて熱心な企業だった。どちらもオーナー企業で、大きな利益を上げる競争力を持つから、思い切った社会貢献にも踏み込め、それがさらにブランドを育てる訳だが、、、、。
その利益の源泉を、不正で捻出するのは許されない。
一罰百戒。今頃、多くの企業が慌てて対処に走っていそうな気がする。
■賞味期限は考えさせる
そう言えば、あのミートホープの社長が言っていた。「安いもの安いものと消費者が言うからいけない」と言うようなことを。
盗人にも一部の理の類だが、原材料表示は別としても「賞味期限」は、もっともっと大きな問題を内包しているように思えてならない。
実際僕は、冷蔵庫の中に安全に保管されているものなら、普段は殆ど賞味期限は気にしないで食べてしまうが、ちゃんと生きている(旧人類?)。
日本のまじめな?主婦たちが期限切れの食品を、さっさっとゴミ箱に捨てる一方で、地球上には多くの飢えた子供達がいるのが現実だ。
ボルビックの1Litter for 10 Litter
今回、僕のラボの研究顧問になっていただいた慶応義塾代大学の井上哲浩教授は、これからのブランドの、マーケティングコミュニケーションに不可欠なのは「ソサイアタル性」だと言う。歯周病とG・U・Mの例で説明されているが、これには大変共感させていただいた。
(参考→)http://adv.asahi.com/geppo/0705/feature.html
今、一番分かりやすい例で言えば、ボルビックの”1Liter for 10 Liter”だろうか。
(参考→http://www.volvic.co.jp/1Lfor10L/about/index.html)
実は、僕の相棒の高橋定孝がやっていて、ちょっと手前味噌なのだけれど、好いものは好い。
井上氏と話していて、僕にとってさらに目からウロコだったのが「I.M.C.」の概念だった。
IMC(インテグレイテッド・マーケティング・コミュニケーション)と言うのは、僕にとっては、大嫌いな「パワーマーケティング」の代名詞のような存在だった。つまり、金に飽かしてさまざまなメディアを買い占め、どこを取っても「金太郎アメ」のように、同じビジュアル&コピーを露出して、印象付ける暴力的な手法が「IMC」だと思っていたのだが、井上氏の概念はまるで違っていた。
つまり、さまざまな特性を持つメディアを通じて、一貫した「文脈(コンテクスト)」で、ブランドの伝えたいことを、伝えきる努力と工夫を「IMC」と言うのだと。それなら全く納得だ。僕は一転して「IMC」論者になることにする。


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