無益な話題: 2009年1月アーカイブ
バラク・フセイン・オバマ。
オバマ新大統領の就任式に集まった、あの人数と熱気には圧倒された。すごいな~やっぱりこの国は・・・実にシンプルで解かりやすい。
就任演説をテレビで見ていて、僕は始めて彼のミドルネームの”H”が”フセイン”なのだと知った(不勉強/反省)。
フセインって・・・あの(ブッシュに殺されてしまった)サダム・フセインを代表に、アラブ系イスラム系の人の名前だよね。
何故オバマのミドルネームがフセインなの? と思ってちょっとNetで調べてみたけれど、まだ命名の由来には出会えていない。(ぜひ知りたい。誰か知っていたら教えてください)
その代りに、面白い話に出会った。
やはり、アメリカの大統領候補が”フセイン”なのは、相当に目立つポイントだったようで、共和統系などの対立者からは、”フセイン氏”と、皮肉っぽく呼ばれ、揶揄されたそうだ。
その反対に、若者などのオバマ支持者の間では、ネット上のハンドルネームなどで、”フセイン”を多用することが流行したそうだから、これも面白い。
さらにもう一つあって、”オバマ”が、あのビンラディンの”オサマ”と近いことも、相当におもしろがられた様だ。実際にCNNのキャスターがオサマをオバマと間違ってしまい、慌てて謝罪したことが話題になったようだ。
アメリカに誕生した世紀の大統領が、期せずして、この10年のアメリカの宿敵”ビンラディン”と”サダム”の名前を思い出させるというのは、これも何かの因縁だろうか。
とって置きの薪窯ピッツェリア
高くておいしいお店はもちろんある。安くておいしいお店も時々ある。高くなくて、すご~くおいしいお店に出会うと、ものすごく幸せな気分になる。
麹町3丁目の pizzeria angelino 僕にとっては、数少ないそんな嬉しいお店の一店だ。
このお店を知ったのは全くの偶然。このお店のすぐ近くに、知る人ぞ知る蕎麦と和食の名店「吉田」がある。実はある日、吉田のそばが食べたくて出向いたら、なんと蕎麦が品切れだった。がっかりして少し歩いたら、このangrlinoの前に差しかかった。
何となく、いい雰囲気が漂っていて、ふらりと入った。
ふらりと入ったら、奥に窯があっってびっくり。
お勧めを聞いて、ミートラザニアを試せといわれて素直に従い、熱々のラザニアを口にして、もういきなり降参!!!以来、数回足を運んだがこの一品は外せない。
料理評論家じゃないから、あれこれ言うのはよそう。ただ一言、うまい。うまいけれど1000円しない。
もう一品、シェフの自慢はピッツァのカルボナーラ風。黒胡椒が合う。これも凄い!凄いけれど1500円しない。
ハウスワインもいける。いけるけれど500mlのデキャンタで・・・確か1500円くらいだ。
シャイなシェフは36歳だという。こちらから話しかけないと、なかなかしゃべってくれないけれど、今日は窯の前に立って微笑んでくれた。
ごちそう様でした!!!
「重役」と言う言葉が死語になった。
何故だろう、突然そんなことに思い当たった。そういえば、僕の若い頃は「重役」と言う言葉があったな。あれって、もともとはさむらい社会の家老職とかを指す「ご重役」の流れ?
森重久弥の社長漫遊記や、植木等のスーダラ節の頃は「取締役会議」と言うよりは「重役会議」と言うのが一般的だったなあ。何だか、いかにも美味そうな弁当が出てきそうな会議の感じがするな~。
それがやがて「役員会」になったかな? それでも未だ、何となく「会議」と言うよりは「会」の印象の方が強くて、まだ、弁当が美味そうな気がする。
つまり、当時の感覚では「重役」とか「役員」と言うのは、ある種のクラスイメージで、サラリーマンのゴールだったんだな~。それが日本の(いや、世界共通かな)会社のイメージだった。
それがいつか、「取締役会」になって、がらりと印象が変わる。厳しく、シビアな、経営判断の場と言う印象だ。アングロサクソン風の企業経営のイメージと言うか、「資本」と「経営」の関係が重視されだした流れの中にあったように感じる。
当時僕も、経営の真似事をしていた。当然、重役会議なんて感じじゃなくて、取締役会だった。(いや、取締役会ゴッコだったかもしれないけれど)おいしい弁当に舌鼓を打った記憶は、とんと無い。
何故こんなことを考えたかと言うと、先日の「会社は誰の為のもの?」と言う話の延長だ。
世襲制の家老職の「ご重役」と言うのは、藩士や領民への責任感が問われる職だったはずだ。当然、オーナーである殿様への忠誠の上でなのだけれど、時には、その殿様を諌めるために陰腹を切ってでも諫言するのが家老の役目だった。そのイメージが、株式会社に移行して、極自然に「重役」と言う言い方が根付いたのだろう。だって、商法にはそんな言葉出てこないものね。
それと比べると、「取締役」って言うのは、何となく、お雇い外人と言うか、奉行職程度と言うか・・・職階よりも、職位。 その場、その時の「職責」と言う感じがして、コロコロと移ろう印象が否めない。重役の椅子に安寧するのじゃなく、取締役の職責を果たして、次につなぐのが何よりなんだろうけれど、何となく継続性が感じられなく、刹那的な印象だ。
(さて、やっぱり夜中のブログは支離滅裂なんだけれど)今の自民党政権。都度都度の組閣ごとに「大臣」≒「取締役」は出てくるけれど、腰の座った「重役」が居ないよね。
そこへ行くと、民主党の方が「重役」の顔ぶれが決まっていて、継続した意志が感じられるか・・・これ、大きな皮肉のつもりでもあるんだけれど・・・。
どうも、このところの状況を客観的に判断すると、一回は民主党政権になってみないと収まらないのかもしれない。仮に今年そうなったとして、そのまま行くとは、ど~~~しても思えないのだけれど、かといって、このまま(自公体制のまま)行くとも思えないところまで来てしまった。
麻生ちゃんがひどい。そんな麻生に繋いだ福田選手が悪い。投げ出した阿部君が情け無い。阿部君に託してしまった純ちゃんがもっと悪い??
じゃー小沢さん!? しかしこの人も、前科物だ。
ああ、またまた、出口の無いテーマに迷い込んでしまった。・・・それでも、いやでも、今年中に選挙は”来る”。来てしまう。
八重洲ブックセンター詣で。
以前にも書いたかもしれないけれど、僕は年に1~2回、八重洲ブックセンター詣でをしてしまう。
今年も、1月の6日に行ってきた。
普段、暇つぶしに読みたい本などはAMAZONで買うのだけれど、何か新しい刺激が欲しいような時、或いは少し落ち込んでいて、何らかの指標が欲しいような時に、僕は無性に大きな本屋に行きたくなる。
そこに並ぶ夥しい本の数々。刺激的な見出しの世相分析や未来予測。成功者の知恵や、警鐘の言葉の坩堝の中に身を置いてみる事で、不思議な孤独を味わってみたくなる。
2~3時間も居るだろうか、拾い読みをしてみて、そうだ!とか、違う!とか、当たり前だろうとか、ふざけるなとか・・・一人でさまざま考えて、ひとかかえほど買って帰ってくるのだが、不精者の僕は結局その半分も読まないうちに、世相の方が変化してしまって、それらの本が古くなってしまったりするし、見出しの割に中身が貧弱で5分の1読んでそのままのものも多い。
それでも僕にとって、年に1~2度の八重洲ブックセンター詣では、やはり何かの切り替えのポイントになっているようだ。
10冊買うと一冊くらいは、僕の意識形成に何らかの影響を与えてくれるのが混じっている。たまたま一冊目で、大きな啓示に出会ってしまったような時は、残りの九冊を読むよりは啓示に従って行動をとるほうに走るから、読まないままの本が残るのだが、僕はそれで大満足だ。
10冊分の知識が欲しいのではなくて、モヤモヤとした自分の思いに一滴の”ニガリ”(あの、豆腐を固めるヤツ)が欲しいだけなのだから。自分を動かすのは自分でしかないのであって、外からの刺激は、その助けに過ぎない。・・・と言うのが僕の原点だし、僕の限界でもあるのだけれど・・・・。
GREEDからGREENへ!
GreedからGreenへ! とは、僕の応援する”企業の「志」追求マガジン?”オルタナの今年のテーマワードだ。編集長森摂、 さすがうまい!!と、拍手を送りたい気分だ。
【Greed】:貪欲とか強欲とか?いわゆる食い意地が汚いのも言うらしい。
実によく雰囲気の伝わる単語だ。鏡に向かって、ちょっと唇をひねって悪役面をつくり、グリードと発音してみると面白い。本当に貪欲そうなイヤーな顔になる。
アメリカ流の四半期利益至上主義、利益に比例する経営者報酬の構造はつまりはこのGreedをベースに組み立てられた、バベルの塔だった。IT=インフォメーションテクノロジーも、FT=金融テクノロジーも、このGreedの上で語られる限りは、どこか、幻術的要素を帯びてきてしまわざるをえない。MT=マーケティングテクノロジーもそうだけれど・・・。
株式会社は誰のもの?
それは株主のものに決まっているでしょう。と、面と向かって初めて言われて、目を白黒させた時のことを今でも思い出す。2000年。僕が、アイベックスと言う会社をやっていて、上場ということに初めて意識を持ち、外部から資本とコンサルを招き入れた際に、その連中から言われた。
株式会社は株主のもの。会社は装置です。成長できる市場を見つけ出して、利益を上げる方法を考えるのが、CEOの辻井さん、経営者としてのあなたの勤めです。単に仕事が好きとか、楽しいとか、社員が可愛いとか、そんな甘ちゃんなことではIPOレースには勝てませんよ!と。
そうですか、頑張りますといったか言わなかったかは記憶にないが、少なくとも僕は多少の違和感を覚えたが、シリコンバレーで成功を収めた連中の、当時の理屈ではそれが正論だった。そして、何を隠そうこの僕も、充分にグリードなオーナー経営者として、あれこれと無い知恵を絞っては事業計画を練り上げ、一攫千金のIPOの夢に向かって突き進んでいったものだった。
時は過ぎた。
近年では、会社にはたくさんのステークホルダーがいる。株主はもちろんだが、社員も、取引先も、消費者も、みな大事なステークホルダーだ、とする考え方が徐々に浸透してきていた。
それが、さらに一歩進み、サスティナビリティーの理論やCSRへ。つまり、会社は社会にとって”善”の存在であり続けることが必要だと言う、正しい理論に昇華していく。
GREEDから、GREENへ。 今日はオルタナの発行人新樂氏と、編集長森氏と、オヤジ四人で飯を食う。今夜はぜひ、グリーンに酔っ払ってみたい。
北京の白い太陽。
北京:Beijing、古くは北平:Beiping 決して住みやすい土地とは思えない。
春は黄砂の嵐、夏の高温、そして冬には、晴れても灰色の空に白い太陽がまるで月のようだ。
古く秦の頃から要都とされたが、ここを正式に首都としたのは、遼を滅ぼした金からか。その後チンギスの子孫が建てた元もここに都を置いた。しかしやはりなんと言っても、今日の北京に繋がる歴史は、明を襲って建国した満州族の清王朝の物語の舞台としてだらろう。
北京はやはり、北方系の異民族王朝の中華支配拠点だったようだ。漢族系の王朝では唐の長安、明の南京など、より温暖な地が選ばれる。漢族の王朝が、夷敵排除の目的で営々と築いた万里の頂上の内側に、その異民族の王朝が壮大な紫禁城を営むとは皮肉なものだ。
その紫禁城の正門が天安門。毛主席の巨大な肖像画とともに中国共産党のシンボルといえる。
その共産党中国が、急激に病んでいる様子だ。
沿岸の都市部で職を失った出稼ぎ農民、「民工」達の大量帰郷が伝えられるが、この国の”出稼ぎ”は日本のそれとはちょっと違うらしい。田畑は売り払って都会に出、そこで職を失っての帰郷なので救いようが無いと聞く。
天安門広場に翻る真っ赤な国旗。中国共産党は何時まで”中華の民”を支配し続けられるのか・・・。
興味本位で言えば・・・中国共産党の一党独裁体制の崩壊の時は・・・この上なく興味深い。
しかし、もし仮に、近い将来にそれが現実になったら・・・世界の政治と経済は一体どんなことになって行くのか。
年を跨いで、中東がきな臭い。
1930年の世界恐慌は、実際にはニューディール政策では救われていない。結局のところ、世界の経済を上向きに引き戻したのは、第二次世界大戦だった。
近代の歴史上では、世界恐慌は戦争でしかぬぐわれていないという歴史は、いかにも恐ろしく感じる。


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