マーケティングの話: 2008年9月アーカイブ
新聞は、週刊誌になればよい?
昨夜は、植田正也先生の主催する「広告革新塾」で講師を仰せつかって拙い講演をさせていただいた。
熱心な聴講者が多く、僕も一生懸命に話をさせてもらった。
一時間ずつの持ち時間で、前半が僕。後半は「企画書シリーズ」のベストセラーで有名な富田先生の時間だった。
富田先生の講義の中で、「広告の役割の減少」と言う部分があって、数字が付いていた。
この数年間4大マスメディアの広告売上はすべからく減少傾向なのだが、その中でも落ち込みが激しいのが「新聞」だ。(次は、その現象が、一気にTVに来ると思うけれど・・・)
速報性と言う面から考えれば、新聞はもうとっくにその存在理由をTVのNewsに取って代わられていたのだけれど、不思議にそこは済み分けて生きてきていた。
とどめはNet系Newsの台頭・浸透。そのネット系Newsも彼らが自身が配信しているのだけれど、とにかく紙の新聞の役割は激変した。
この数年で、広告収益が40%近くもも減っているという事実があるし、その流れは止まらないだろう。Net上での広告に活路を見出そうとしているけれど、紙の時代の全盛期には遠く及ばないようだ。
若い人たちが新聞を読まなくなっていると嘆いたのはつい少し前のことだが・・・今は50過ぎのオヤジも新聞を読まない。Netのほうが早いからだ。僕自身そうだ。朝起きたら新聞をとりに行く前にNetでNewsを読む。
新聞は電車の中での暇つぶしのコンテンツだ。そう”コンテンツ”なのだ・・・新聞の強みは。
富田氏は、新聞は”まとめ性”を高めて、最後は”週刊誌”になればよいとおっしゃっていた。蓋し同感だ。
新聞と言うメディアの最大の強みは信頼性だ。速報性はなくても、信頼性の高いコンテンツとして充分に意味をなす・・・はずだ。
「恩田木工」で思わずクリック。
世界の景気を左右しかねない、米国リーマン問題の行くへが気になってNIKKEINETを立ち上げてみたら、右側に「恩田木工」の厳つい顔が飛び出してきていて、思わずクリックしてみた。僕のクリック率は極めて低い。一日に何ページのSiteをビューするか数えたことも無いが、その中で広告をクリックしてみるのは一ヶ月に一度あるかないかの確率だから、このインプレッションはよほど僕に刺さったのだろう。もちろん半分は、マーケッターとしての興味があった。
その僕が思わずクリックし、しかも内容を読み進んでしまったのがこれ→「戦国幕末の偉人に学ぶ企業経営」*このコンテンツが何時まで読めるのかはわからないけれど、一応リンクを貼っておこう。アフィリエート契約はしていない/笑。
恩田木工は、池波正太郎の小説「真田騒動」で読んで知っていた。小説自体は結構重たかった記憶がある。救いようの無い事態の深刻さと、彼の振るう改革の鉈の厳しさ。この時代にこの藩に居たくなかったと感じさせるほどの凄まじさが伝わってきたのを覚えている。
信念と率先と論陣と仕組みで一国の財政を立て直した偉人だ。藩人全員に苦労を強いながら統率してゴールに持ち込んだリーダーシップは確かに現代に通ずる経営の鏡だ。
この企画広告では、その恩田木工の偉業を三つの要素に分けて紹介し、その成功の構造をITのソリューション導入の意義と重ねて解説している。
FUJITSUやるじゃん!!
いや僕はこの広告の企画を練り、このレベルにまで高めて実施にこぎつけたプランナーとCRのスタッフに拍手を送りたい。実によく出来たコンテンツだ。
がしかし、Net広告の定めで商品の資料請求・ネットでの見積もり依頼にまでつながっている。この広告で見積もり依頼が何件来て、何件成約に至ったかのROIだけで成否を判断して欲しくない。CTRを競うネット広告の中でも、時としてブランディングは可能だ。また反面、出稿する側は意識していなくとも、受けて側からはブランドの印象としてマイナス印象が蓄積して行く広告が多数ある。いつも、ブランドの側は見られているのだ。
この企画は雑誌ダイヤモンドのような切り口だ。「賢者は歴史に学ぶ」という僕の自論に上手に刺さってきた。この角度に弱い経営者やビジネスマンは結構多いのではないか。ターゲットの関心と自社商品の訴求点をコンテンツの上で合致させた点が評価できる。
久しぶりに(Net上で)いい広告に出合った気がする。
まさに、広告はコンテンツの時代だ。
ちなみに池波正太郎の真田騒動はこちらだ。これも残念ながらアフィリエートにはなっていない。
池波本としてはかなりシリアスに、まじめに書き込まれた一作だと感じた記憶が残る。
ROIの呪縛。
ROI(=return of investmen )投資対効果の概念が日本に入ってきたのは、ついついつい最近のことだ。
それまでの日本のマーケティングは、すべからく過去の(成功)体験をベースにした「予算主義」だったといっていい。
新商品を市場導入するにあたり、どう予算組みし、どうマーケティング費を使うかは、全て過去の成功体験を前提に組み立てられていた。
例えば新商品のガムを出す。目標売上が00円だから、(過去の例に基づけば)投入できるマーケティング予算は00円。それで上手く行けばさらに増やして上を狙う。ダメなら減らして縮小均衡を狙う。いよいよダメならプロマネを首にして次のヒットを狙うといった具合だ。売上と費用がバランスして回ることを前提に予算が組まれた。結果はやってみないと判らないのに。
つまり下手な鉄砲も数打ちゃ当たる。三つ出して二つダメでも一つ当たれば・・・・が、20世紀のマーケティングだった。
ROI主義は違う。最初から採算ラインを狙いに行くからダメもとの予算はゼロと同じだ。その代り、採算ラインを超える効果があるならマーケティング費は青天井と言うことだ。
一見極めて合理的だ。予算管理と媒体選択、コミュニケーションのテストランなど、今までの日本になかった概念が急速にコミュニケーション市場に浸透した。ネットマーケティングの業界はこの理屈に適合しやすかった。成功報酬型のアフィリエート価格体系などが急速に整備された。
アメリカンな発想だ。合理性を追求する。
四半期ごとの利益を追求していれば、必ず通期で利益が出る。CEOもCOOもそのためにガンバレ!その代り成功報酬は青天井だ。と言うルールと同源の発想だ。
この理屈が閉塞を生む。
ROI追求は結局一時の隙間探しにしか過ぎず、効くメディアは自ずと高くなりいつかコストパーを割る。或いは同じ穴のムジナが殺到してメディアを汚し、やがて効かなくなる。
創造性のない合理性が、次々に可能性を食いつぶして行くレースがROI至上の競争だ。
隙間を見つけ、人を出し抜いて、今だけ、自分だけが得をとって、だめになったら次に移ればいいと言う、不毛の競争だ。
この原則だけに付き合うのは・・・・正直疲れる。満たされない。達成感がない。
企業の志が覗き見られるCSR報告書。
最近、企業のCSR報告書を見る機会が多い。
どれも横並びの対応型で、企業独自の志が感じられない!と、決めつけて言ってきていたが・・・?
あれ?そうでも無くなって来つつある。
昨日は、ユニクロのファーストリテーリング・柳井社長が今後の事業ビジョンを熱く語ったようだ。
従来は、ともすると「数字」を基準にしゃべっていたのが、今年はまるで違っていたと、それに出席してきたある広告代理店の役員の方が話しておられた。
そのファーストリテーリング社のCSR報告書からは、柳井さんの経営に取り組む「思い」がきちんと伝わってくる。
一方、やはりこれじゃーね・・・というのも、依然として多い。というかやはりほとんどはその部類だ。
頭脳明晰な企画部門が、隙なくつぶしてまとめた「報告書」からは、その企業の志や人柄(企業柄?)は伝わってこない。
CSRは、企画部門の仕事ではない。
企業のリーダーの仕事だ。
自分の率いる自分の会社が、社会との関係をどのように考えて進むのかを表す「所信表明」のはずだ。
このあたりの仕事が・・・実に面白い。


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