マーケティングの話: 2008年7月アーカイブ
グラミン銀行の快挙に改めての感銘。
2006年10月、ノーベル平和賞はユヌス総裁率いるバングラディッシュ・グラミン銀行を授賞対象に選んだ。
1976年以来、戦う経済学者ユヌス氏が、バングラディッシュの富の集中と、搾取の構造に立ち向かって、この国に本当に必要な”金融”を、銀行事業ととして立ち上げたのだ。
特に農村部の女性層を対象としたという、一部資本家への富の集中が一層の搾取を構造化している。貧困層は、働けど働けど決して豊かになれない構造の中にいた。氏はグラミン銀行を立ち上げ、彼女達に、自立する為の事業資金を、数ドルから数十ドルと言う極小単位で、無担保で貸し付けた(マイクロクレジット)。合わせて、自立に向かう意欲とその方法を啓発した。
彼女達は裏切らずに、見事に期待にこたえた。当初心配された不良債権化率は、どこぞの国のメガバンク等とは比べ物にならないほど低いものだったのだ。
この事業を、施しではなく、救済でもなく、銀行事業として立ち上げ成功に導いたところに、ユヌス氏の志の深さが伺える。
ノーベル平和賞に値する所以だ。
事業の志し。自社のドメイン上での活動で、社会に寄与する事業。CSRとソサイアタルの原点がここに凝縮している。
今、そのテーマに付いて考えれば考えるほど、氏の事業は志に富んでいると思われてならない。
新聞の顔付きの変貌。
新聞の顔が変わった。
この19日・土曜日、久々に広げて眺めた読売新聞。しばらく前から当然気づいていたことだが、広告の様子が一昔前とは全くと言ってよいほどに変わっているのに改めて愕然とする。
クルマの広告がひとつも無い。ファッションも無い、ビールも無い、食品も無い、家電も無い。住宅も無い。化粧品も無い。
目を楽しませてくれるような美しい広告や、きづきを誘発するようなクリエイティビティーに満ちた広告が一つだに無い。
あるのは、ちらしよりもさらにちらし的な通販の広告ばかりだ。
僕らが「広告では売れない時代になった」と書いて、人々が首をひねったのはほんの数年前のことだった。今日のこの状況を予想しての発言ではあったのだけれど・・・・今日、この新聞の紙面をつくづく眺めて、恐ろしいほどの事実の追随に驚くばかりだ。
ROI(Retern of Investment)が言われて久しい。Net上の広告や通販など、広告出稿の目的がはっきりしている世界では、この数値を基準に媒体選択や表現手法がブラッシュアップされて行く。極めて合理的、かつ科学的だが・・・・。
ROIは、新たな活路は生み出さない。
iPhone発売に、楽しそうな徹夜の行列!
今しがたNews ZEROが、原宿のSoft Bank Shop の様子を中継していた。実にそれらしい人たちが、楽しそうに行列していた。これはもう一種のイベントだろう。(今夜が雨じゃなかったのも、iPhoneとSBの強運の証か?)
孫正義はやはり事業家として一級だな~。あの、しょうもなくみえたボーダホン買収の決断から、矢継ぎ早のPromotion投入。僕が見てさらにスゴイと思うのは、それを機とした”Soft Bank”自体のB2Cブランディングの速さと上手さだ。SBは一年前とは全く違う印象の会社になった。と、思う。
iPhoneにはまだまだ、日本のケイタイとしては足りない機能もあり問題も残るようだけれど、やはり異質の存在感と完成度は突出していて、一種の美学と世界観がある。まさに”Brand”だ。
今のSoft Bankの側から見て、真っ先にiPhoneを扱って失うものは何ひとつ無い。
apple社の選択も正しい。聞くところではDocomo社も相当に頑張って扱いを争ったとか。
しかしやはり・・・ここはSoft Bankだろう。スタートがDocomoではiPhoneが埋没してしまう。
DocomoはiPhoneを取りそこなった対応策として、BlackBerry社のスマートフォン導入を発表した。若者向けの対応策だというが、こちらはむしろビジネスツールの路線だ。欧米ではかなりの普及度だが、はて、日本ではどうなるだろうか。
マーケティングを、戦争用語で語ることからやめよう。
マーケティングを戦争に例えて考えるのを止めよう。
バリューマーケティング研究所をスタートさせた、昨年秋からの、僕と相棒高橋との暗黙の約束だ。
戦略、戦術、戦闘、ターゲット、シェア、競合、Etc.・・・マーケティングは長く戦争に例えられつつ進歩してきた。
そう言えば、ランチェスターの法則などと言うのもあったな~。強い敵に勝つには、一人ずつ裏路地に誘い込んで、三人で取り囲んでボコボコにすればいいのだという、けんかの勝ち方ノウハウだ。
実は、それこそが全ての間違いの元だ。
もともとは、社会に役立つ価値の創出とその伝播の工夫だったはずが、ある時から、競合との「先陣争い」「領土争い」に変わり、商品開発は、そのための「武器開発」に、成り下がった。あげくの果てに、ターゲットの「攻略」の方法開発に至った。
本末の転倒が起きた訳だ。目的を見失った技術の進化ほど怖いものは無い。
20世紀=戦争の世紀。パワーによる征服競争の世紀に、マーケティングは、方法論的進化を見た。
2000年を界に、社会のパラダイムがシフトした。マテリアリズムから→ポスト・マテリアリズムへ。
本来ならば、マーケティングはそのあり方の根本から考え直されねばならない局面なのに、暴走する方法論だけが、ゴールの無いレースを、未だに続けている感もある。
「メディア」よりも < 「コンテンツ」。 「コンテンツ」よりも < 「コンテクスト」。そして「ファクト」
メディアは混沌としてアンコントローラブルな今だ。
一昔前ならば、お金に明かしてキー局のゴールデンタイムを買いきれば、確実に日本中の”お茶の間”(これも死語か)に届いた。さらに三大紙と、セグメント雑誌を押さえ、面白おかしいSPを軽く咬ませておけば、全ては事足りた。
今混沌としたメディの世界で、大量の「リーチ経路」を買い集めても、昔のような効果は望むべくもない。
クロスメディアの時代の”リーチの工夫”は、やってもやってもゴールが見えない。
だから言う。「メディア」よりも「コンテンツ」だと。 「コンテンツ」にパワーがあれば、それは混沌としたメディアの海を”勝手に”渡って、やがてターゲットに届くと。・・・いわゆるバイラル・コミュニケーションや、能動接触の考え方だ。
「コンテンツ」・・・日本語になりづらい言葉だ。
ま、”中身”と思っておこうと僕は思っている。
コンテンツが大事=中身で勝負。と言うことかと。・・・これが高じて、天才クリーエーターの報酬は天井知らずだ。広告代理店のコンペは、どのクリエーターを抑えたかで決まってしまうとまで言う。
そうかな?
本当に大事なのは「コンテンツ」ではなく、「コンテクスト」(文脈)なのでは?
例えば、広告はよく「ラブレター」に例えられる。


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