小さな気づき: 2008年3月アーカイブ
CSRブームに思うこと。
CSR(Corporate Social Responsibility)論議がかまびすしい。直訳すれば「企業の社会的責任」となるこの言葉が急に注目度上昇中だ。地球温暖化やECO意識の高まりとも相まって、日本(世界)の生活者の意識がそちらに向き始めているのは確かな事実だ。企業は敏感にその潮流を感じ取っている。
昨今はCSR的企業活動のアピールや、CSRを訴求するキャンペーンが相次ぐ。かく言う僕ら(VMLab)も、この夏にスタートする、あるコモディティー商品ブランドのUnicef支援プロジェクトの立ち上げ準備に忙しい。
いたずらに購買を動機付ける為の「オマケ合戦」や、売り場争奪の為の「値引き合戦」に比べれば、遥かに良い傾向と思う。
ただ、似非CSRキャンペーンは許せない。
CSRとは何も、植林や環境保護の”慈善的”活動を意味する訳ではない。
僕の根本的な考えでは、企業の存在と事業自体が、CSR(≒社会善)に通じているのが最も正しい姿だと思う。つまり、企業の存在自体が社会にとって価値のあることであることが原点だ。その理念が問われる。
その上で、製造や販売と言う経済活動で果たせる社会貢献(=社会善に繋がる価値の提供)は事業において果たし、そこで果たしきれない企業の理念を、非営利のCSR(≒コーズ)的活動で補って、企業全体として社会に貢献すると言うバランス?と言うか、趣旨の一貫性が何より大事だと思う。
中原の虹@上海。
中国は広大だ。
その広大な国土のほんの一角「上海」をめぐって、先進国と中国は、この100年余さまざまな関係を築いては壊し、壊しては築いて来ている。
そんな上海のホテルの一室で、読み直し中の小説「中原の虹・第四巻」に目をやったら、ちょうど袁世凱と中国国民党の政争のさなかだった。民主主義の星・宋教仁が上海駅頭で凶弾に倒れるシーンだ。今から70年ほど前のこの国の事実である。そこからの変遷。毛沢東から鄧小平を経て今日の上海。
本を閉じて、窓から夜の街に目をやると自分がどこにいるのか一瞬分からなくなった。
美味しい火鍋をいただきながら、20年ほど前にここを訪れた時の「兌換紙幣」の話をしたら、在中国10年余のキャリア女性陣にキョトンと言う顔をされた。もはや過去は明らかに過去なのである。
上海F1層の価値意識調査をしている。興味のあること、お金の使い道と言った質問の中に、利殖・運用と言った項目がないと、被験者があきれた顔をする。月収1000元(1万6千円)~月収3万元(50万円近く)のキャリアまで。この国の新たなエネルギーの象徴だ。
すらりと長身長躯のそんな彼女達が、颯爽と前をむいて歩いている街だ。
ブランドとは何か?
ブランドって・・・・・何?
辻井の勝手な理論では、ブランドの原点は「生産地」だ。 日高の昆布、最上の紅花、関のサバ・・・。 有田焼、バカラのクリスタル、灘の酒、シャンパーニュのシャンパン。いずれも、間違いの無い品質への信頼根拠だ。
その次に、ブランドになったのは、「流通」と「小売」業だろう。 高田屋嘉平の船が運ぶ俵物、三越の正札掛け値なし。いずれも、正しい価値を正しく届ける姿勢への信頼の獲得だ。
後年、それがメーカー(製造会社)のブランドとなり、ブランドは自らの信念を市場に評価されて育っていった。
ここまでは何の不思議も無かった。
マスマーケティングの時代、広告代理店が(テレビ・新聞を売りつける方便で)”ブランディング”を言い出してからおかしくなった。言い出した広告代理店も厚顔だが、それに乗ったメーカーも(今にして思えば)余りにも安易だ。
好感度上位のタレントの、ニッコリCMを沢山流すだけで、ブランドが構築できるならそんなに簡単な事業は無い。そもそも、代理店のブランディング論に乗って、マーケティングシナリオを書いた殆どの商品は、”ブランド”などではなく、単なる”商材”でしかなった。
広告が上手かろうが下手だろうが、ブランドとして育つはずも無い商材に、ブランディングコストを掛けた時代があった。
コンサルティングセールスと、アカウントプランニング。
日本語の「営業」と言う言葉は実にふところが深い。と言うか、あいまいで誤解を招く。
自分が売りたいものの利点を並べ立てて「さあ買え!」と迫るのが、セールス(≒営業)の原点だろう。
古くは押し売りだが、その進化形で、あたかも、顧客の為を思ってさまざま考えているような振りをして、ちゃっかり自分の売りつけたいものにお金を払わせるのが、いわゆる「営業」。昨今は殆どが、「提案型営業(=コンサルティングセールス)」の形を取っている。
旅行代理店なら、楽しい旅行を提案してキャリアやホテル・旅館を売りつけてマージンを得る。印刷会社が、SPの企画案などを持ち込んで結局は印刷を取ってゆく。広告代理店は、都合の良いマーケ企画とクリエイティブをお土産に、テレビと新聞を売りつけると言うのがお定まりの営業パターンだ。
どんなに「提案型」のコンサル力を磨こうと、結局は売りたいものを売る努力の延長なのだから、本当の意味のコンサルとはチト違うのは当たり前だ。
買い手には、知恵がいる。


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