人生に思うこと: 2009年12月アーカイブ
月日は百代の過客にして・・・。
「月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり 馬の口とらえて老いをむかえる者は日々旅にして旅をすみかとす」・・・は、かの芭蕉、奥の細道の書き出しだったと記憶している。「余もいづれの年よりか、片雲の風に誘われて漂泊の想いやまず・・・」と続くその一節は、不思議と今でも諳んじていて、ふとした時に頭の中でくちずさんでいることもある。
16歳、穢れを知らぬ?少年だった僕は、高校の授業で何より好きな科目は古典と漢文だった。特に、七五調の文体が好きだった。読み下しの漢文調のそのリズムを美しいと感じた。気に入った漢詩も暗誦して嬉々としていた。(ちなみに、何より嫌いだったのは数学と物理、いつも赤点で、ついには先生の方に諦めていただいて何とか卒業した)
三つ子の魂百までと言うけれど、今でもやっぱり七五調の読み下し文体が好きで、唱歌の歌詞に惚れ惚れとしたりする。
あれ?今日のエントリーのテーマは何だったっけ?
ああ~、いいんだこれで。
年の瀬。
何となくこの一年を振り返る。つたなく、恥多い人生を振り返る。
そんな時僕は、決まって古典か漢文の世界に浸ってゆく。
無常観というのかな~、それが、僕の最後の逃げ場所かもしれない。
「人間なんてらら~ら らららら~ら・・・・」という、拓郎のあの歌が好きなのと同じ文脈だ。
1950年に生まれて、西暦が2000年になったときには何だかとっても不思議な気分だった。それが・・・明ければ早2010年だ。
僕が頑張ろうとくじけようと、嬉しかろうが悲しかろうが、月日は行く。
メリークリスマスの夜の雑感。
師走です。
なんだか久々に忙しい感じの年の瀬です。
気がつけば今日は24日、俗にクリスマスイブと言う特別な夜ですね。
雑事に終われる毎日ですが、さすがに今年も残すところ数日と思うと、60年に近い人生の越し方を思い浮かべたりもします。
X’masというと・・・なぜか真っ先に思い出すのは、子供のころに教会でもらったX’masカードです。雪の夜道にトナカイのソリが行くような素朴な絵柄が描かれ、銀粉が散りばめられていて、欧文でMery X'masとか書かれていて・・・昭和も30年代当時の貧しい少年にとっては、まるで別世界からやってきた星のかけらのように、まぶしい宝物でした。・・・そのカードは、誰にも出さずに大切にしまっておいたのですが・・・さて、何時なくしてしまったのでしょうか?
(今にして思えば、イエズス会などの宣教は、こんな効果を利用しながら未開の地に浸透して行ったのでしょうね)
その次には・・・昭和40年代の、植木仁のスーダラ節の延長のようなサラリーマンたちが、とんがり帽子をかぶって飲んだくれるクリスマスのイメージが来ます。サントリーの角やダルマが、課長の権力の証だった時代です。
やがて、ニューファミリーと呼ばれた僕ら団塊世代のファミリークリスマス。少しでも素敵なクリスマスケーキとサンタに成り代わってのプレゼントを家族に運ぶのが、当時のパパのミッションでした。
そして・・・1980年代。ホイチョイの見栄講座のころの、浮かれて気取ったクリスマス。小洒落れたシャンパンやワインの注文の仕方や、オシャレなスポットを知っているかいないかが、男の格好良さの尺度だったりしたものです。なぜか、星降る街角と言う曲が耳元に聞こえてきます。
90年代、2000年、そして今・・・やがて2010年ですね。
10代20代の若者からは、40以上はみんなオジサン!で、一緒に見えるように、アラカンの僕には90年以降は似たり寄ったりの世相に見えてしまいます。
でもさすがにここへ来て、世の中は大きく変わろうとしているかも知れませんね・・・。
来る年が、よい年でありますように。
次の十年が、素敵な時代でありますように・・・。


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