人生に思うこと: 2008年6月アーカイブ
ストレンジャーな釣り師。
空梅雨だろうか? 今日は降らないと知って、久々に釣りに出た。 鯛五目。 釣果は??だったが、一日、花曇りの陽の下にいて心地よかった。
釣りに限らず僕は船が好きだ。船からの眺めで一番好きなのは出港の時の艫からの眺めだ。スクリューがかき分ける白い波の向こうに、遠ざかる港を見ていると、何故かしら胸が高鳴る。
その時僕は”旅人”になる。
長年釣りをしていて気がついた。釣りは乗り合い船に限る。
金9000円也を払って見知らぬ人と席を隣り合わせると、僕はその瞬間、ストレンジャーになる。
竿を立てる。仕掛けを整え餌を付けて、ポイントに向かうまでの時間はゴルゴサーティーンの気分だ。・・・いざ釣り始めると、大きな挫折が待っているのが常だが、それでも沖上がりのぎりぎり最後の一分まで、僕は諦めずに釣る。
最後の5分で、その日一番の大物を手にした記憶があるからだろうか? いや、それだけじゃないような気がする。
「はい、仕掛けをあげてください。これで戻ります」という、船頭の声が聞こえるまで。僕は必死で釣り続けている。
人生もそれで行こう。諦めの悪いストレンジャーで行こう。
地球は丸い。人生の道のりも丸いが故に危険が潜む。
30代の頃から身をもって実感していたことだが・・・。人生の航路で接触する人は数多い。
顔すら思い出せない名刺の山もそうだが、人生の節々で、「この人だ!」と感じる時も幾度かある。
そんな中での実感は、”直線に見える曲線”の恐ろしさだ。
ちょっとだけ”変な人”のそばには、必ず”もうちょっと変な人”が居る。その人の周りには、また”もっと変な人”が居る。
当然だが、その逆の好循環サイクルも必ずある。ちょっといい人→もっといい人→すばらしい人、の好循環だ。
そうした接触の連続で交換される”価値基準”は、自分自身の価値基準を少しずつだが明らかに変えて行く。
自分は真っ直ぐに(直線を)歩んでいるつもりなのに、実は直線に見える曲線を歩んで居るわけで、気が付けば、当初の自分が志していた地点とは、全く違う所に踏み込んでいることがある。
朱に交われば赤くなり、赤くなればさらに紅になるの道理だ。
そうであるから、人生ではステージ選びが大切だ。
学生で言えば学校の気風。社会人で言えば会社の風土。家庭で言えばパートナーの人格。交わる相手が自分を作る。(自分が相手を作ることも勿論なのだが・・・)
自分が歩む道=直線に見える曲線が、上を向いているか下を向いているかで、数年後の自分が決まる。数年後の自分の位置が、次のゴールポイントの幅を徐々に規定して狭めてゆく。良くても悪くてもこの範囲と。
孟母三遷とはこのことかと思う。
突き詰めて言えば人生の航路に”直線”は有り得ない。全ての人が、緩やかな曲線の上を歩んでいる。それが、丸い地球と宇宙の原理だ。
直線と見まがう穏やかな曲線は、歩き方によっては90度の曲がりとなる(それ以上のときもある)。90度違いの上と下では180度違うことになる。
嗚呼!恐ろしい現実だ。
志を持って、ゴールを設定して生きることの大切さ(=曲線を直線に変える唯一の方法)が・・・今頃になってようやく分かってきた。
ちょっと遅かったかな? 間に合うかな? やっぱりギリギリアウト?
まあいいか! 人生の意義はゴールではなくプロセスにあるといってくれる人も居る。・・・頑張ろ・・・


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