2011年4月アーカイブ
こんな春にも桜は咲いて。
今年の桜は少し複雑な気分で、立ち止まらずに眺めただけで過ごしてしまった。花見自粛論の是非を言うつもりも毛頭ないが、仮に奨励されたところで、浮かれてどじょう掬いや腹踊りはさすがに踊れまい。
この花が北上して、やがて福島へ宮城へ岩手へと上って行き、家と家族と日常を失った人たちの上に、美しく咲きこぼれるのだろう。その花を見て、かの人たちは何を思うのだろうと考えると・・・もう言葉が続かない。
古来桜の季節は人を狂わせるという。あまりの美しさに、人に潜む狂気が湧いて起こるのだという。
古来桜の季節は人を感傷的にさせるという。あまりの切なさに、人が忘れていたはかなさや無常を思いこさせるのだという。
僕は決まってこの季節、うろ覚えの歌のいくつかを思い出す。
年年歳歳花相似 歳歳年年人不同・・・とか、願わくば花のもとにて春死なん・・・とか、そんなありきたりの歌ばかりで、それらは半世紀近くも昔の学生時代の記憶の残骸なのだけれど、やはり桜の季節に思い出す歌は、僕の人生観や死生観にまっすぐにつながるコアなものだ。
「人はあまりにも小さく、自然はあまりにも大きく、そして時間はあまりも短く、かつ長い」以上。・・・つまりこれが馬齢六十年の僕の諦観で、実はそれは、僕十五歳の気づきから一切進化していない。人間なんてラララ~所詮そんなもんさ!と思ったら、今回の災害で失われた命の多さに沈み込みそうになる気持ちが少し楽になってしまった。(失礼陳謝)
ここ数日、睡眠薬代わりに読んでいる新書があって(実は作家の思いが込められた小説を読める気分ではなくて)「人類700万年の歴史?」だったかな?・・・そんな昔(と言うのも変?)に、生まれて生きた”人類”がいて、しかも彼らをはじめとする多数の種は、たった数百万年の短い時間の中で?生まれれては消え、消えては生まれ全て絶滅して、只の一滴の血も我々には繋がっていなくって・・・やがて、ネアンデルタールが栄え滅び、アフリカのたった一組のアダムとイブが、70億のホモサピエンスの祖となって現在に至る。・・・は、今や中学生でも知っている事実だ。(・・・だったら、生物多様性の問題って何なのか?いや失言訂正/それとこれとは論じる角度が違う)
その同じアフリカで700万年後、カダフィーの銃弾に倒れる命もあれば(NATOの誤爆で死ぬ市民もいて)、699万8,000年前に、クレオパトラとアントニオが恋をして戦をした。
新書は実はもう一冊買ってあって、そっちは「宇宙は何でできているのか?」とかいうやつだ。(これさえ読めば、次のプレゼンの出来不出来など、もう簡単に超越してしまえることは明白だ)
ううん出口のない話だ。
やはり桜の季節は確かにちょっと?僕をおかしくしている(ごめんなさい)


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