GREEDなCSRのこの頃。
先日ある機会がって、H大学T教授の講演をお聞きできた。
「企業競争力とCSRの役割」に関する、大変興味深い講演だった。
要旨はこうだ。
従来企業は、外的な要因を把握して「競争戦略」を練り上げ、内的なリソースを価値化する「資源戦略」と組み合わせて、事業戦略を構築すればよかったのだが、新たな視点が加わった。それが「Social」だ。これからは、Socialの観点が欠けた事業戦略はXcellentと呼べない。Social(≒CSR)の観点を掘り下げて初めて”SSP”(=Sastainable Superior Profitability)=永続的で高度な利益創出力が、企業にもたらされる。加えて、”Only Business make Welth”=本当の社会善は、企業のチカラによってのみ実現される。だから、企業には社会の善を思う責任がある。
理路整然。まさにその通り・・・なのだが、帰る道すがら若干の??を覚えた。
何故か?
僕らは数年以上も前から、CSRを、むしろCRS(=Corporate Responcibility for Society)と言った角度から取り上げて、企業の内発的、自発的、ミッション意識の発露としての社会貢献のあり方に取り組んできた。ネピア千のトイレプロジェクトなどはまさにそれだと信じているし、T教授が挙げた世界的な成功事例の中にも、本当に企業の信念から進められていると確信できるCSRの事例もあった。
だが、反面、T教授の論旨のWhat forは、どこにあるのだろう? その講演に熱心に聞き入っていたXcellentな企業の受講者たちのWhat forは? このセミナーを催したコンサル会社のWhat forは???・・・・それはつまり”SSP”の方にあって”Welth”や”CSR”は、新しいHow toに過ぎないのではないかと・・・・。
これは、紙の裏表であって不可分のことかもしれない。時代がそちらに傾き始めていることは、結果としては歓迎すべきかもしれない。
だけど、あの場に流れていた空気は・・・一昔前に、アメリカ流のパワーマーケティングマネジメント技術に、熱く聞き入っていた事業戦略家たちのそれと何一つ変わっていなかったのではないかと、心配になるのだ。
つまり、あくなき”SSP”追求のGREEDな意思が、今度は格好の道具としてCSRを見つけ出して喜んで理論化しているようにしか見えないのだ。
結局、人間の活動の原点は・・・GREEDなのか? いや、そこが変わらなければ、過ちは繰り返される。
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こんにちは。僕も今日未明のエントリで似たような、違うようなエントリをあげたので、感慨深いです。。。辻井さんの文章からだけで判断すると、H大学T教授の云う「social」って、やっぱり「企業起点(1:n)」の考え方かな?という印象を受けました。売れ続ける仕組みを作るためには、これからは「社会」にもコミットしないといけないぞ、みたいな。声を吸い上げろ的な。そう意味では確かに過去のパワーマーケティングの延長線上にある思想のような気がします。
ちなみに、本当にソーシャルと向き合うつもりなら、「絶対n:nのコミュニケーション」であることを、素直に受け入れることからすべては始まると、ぼくは信じているんですけれど。これは辻井さんの考える「ソーシャル」定義とは違う次元ですね。
初谷さん!お返事遅れてすみません。それそれ!経営学で教える”事業”とは、結局1:nで、つまりは市場を客観視していて、自分たちも生きている社会だと言う意識が、どこか抜け落ちているんですよね。企業の側も、市場を構成する人々も、本当は社会に生きる市民ど同士なんですよね、本当は。n:n・・・または1:1が、この視点では大事だと思うんですが・・・・。