広告の終焉<マーケティングの浮上
広告の役目は、本当に終わったのかもしれない。
或いは・・・本来の役割に帰ったのかもしれない。
少なくとも、「広告で売れる」と言う幻想は去ったことは、業界に生きる人なら誰もが否定しない事実だろう。
今、TVをはじめとするメディアで流れているさまざまな広告は、ほんの十年前のそれとはまるで違う。
広告で売れるためには、広告以前の(当たり前の)マーケティングの努力が必要だ。
必要条件としての十分なマーケティングがあって、さらにそれを加速する手法の一つとして、広告も考え得る。という本来の姿に帰ったのだと思う。(そう、思おう)
「売れない時代」も長くなって、売り手は一様に気づき始めた。売れるためには・・・(広告の工夫の前に)マーケティングの努力が肝要なのだと。
昔々・・・広告や販促が全盛のころ、我々、広告や販促の作り手から見ると、”厄介な”クライアントがあったことを思い出す。わかりやすい例を挙げれば、マクドナルドやケンタッキーだ。
なぜ(我々側から見て)厄介だったか?
それは、彼らは、広告の表現の工夫の前に、メニューと価格を工夫することで、売れたり売れなかったりすることを知っているクライアントだったからだ。メニュープロモーションと言う奥の手を持っている=広告代理店の思うままにならない、厄介なクライアントだったのを思い出す。
ケンタッキーのクリスマスバレルは面白いように売れたし、マクドナルドの100円バーガーは市民の常識を変えた。広告の貢献は、その事実の伝達を加速するだけの、本来の役割に限定された。
つまり、小刻みな(=正しい)マーケティングを、体質的に知っているクライアントだった訳だ。本当に顧客が望む価値を提供する努力が先にあり、それに振り向いてもらう手段の一つとして、広告もある。
今、そうした工夫を取り入れているメーカーが急速に増えたと思う。飲料や菓子やインスタント食品などに顕著だ。
漫然と同じものを売り続けるのではなく、今、消費者の心を捉えるのではないかという”商品”を生み出すことにエネルギーを注ぎ、次々に新しい商品を送り出す。流通のバイヤーに働きかけ、それを棚に並べてもらうことに労力をかけ、消費者の反応に全てをかける。支持を得た商品にさらに力を入れてゆく。
これは売れるのでは?と言う感触を掴んだところで広告を打って加速を図る。
これが・・・正しい流れだろう。
つい何年か前まで、これが正しい順番だと考えていないクライアント、広告代理店が、広告の表現工夫とリーチの計算に命をかけていた。
広告よりも<マーケティング。
考えてみれば、当たり前すぎる結論だ。
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広告とは、広くに告げると言うマスの論理ですね。
「イオンの岡田元也社長は、新聞各社とのインタビューで「GMSは消費者の8割が中流意識を持っていた70~80年代にできた事業モデル」と述べたうえ、「多くの日本人が貧しくなっている今の状況ではまったくの時代遅れだ」と自己批判した。「自分で作って自分で売るのが当たり前だ」
GMSは品ぞろえでも価格競争力でも専門店の後塵を拝し、「何でもあるが、欲しいものは何もない」といわれて何年もたつ。
イオンは09年9月中間決算で連結最終赤字に陥った。「いまの不調は不景気のせいだけではなく、我々自身の不適応、不勉強が原因」。岡田社長はそう反省し、今後の改革の方向性についても「ユニクロやニトリのような製造小売り(SPA)が一つの参考になる」と述べる。」
上記の発言に、違和感を感じます。日本人が貧しくなっているとは、やや傲慢な見方では?
いつまでも士農工商と言われるのでしょうか?
日本人の意識を含めて心までは、貧しくなっていないと願います。キリットとした日本人の姿がNHKの「坂の上の雲」で垣間見られました。
それにしても、加藤清史郎君は大活躍ですね!徒然のままに!
マーケティングの原点回帰の年ですね。
良い年をお迎え下さい。
浜の智さん!素敵なコメントをありがとうございます。
確かに、昨今のGMSの不振の背景には根深い問題がありそうですね。
日本人が、輝いていた時代・・・「坂の上の雲」は司馬遼太郎の原作を読みましたが、何だかあこがれてしまいますね。NHKの今回の取り組み、時期を得たいい企画だと思います。モックンも阿部寛も、いい役者になったな~とも思います。楽しみに思っています。
同感です。
今年もどうぞ宜しくお願いいたします。
あっと言う間の10年、今年は2010年!
大きなパラダイムシフトの年になるよう願っております。
「坂の上の雲」の時代のように、きりっとして、夢と希望のある日本に!