2009年12月アーカイブ
おもしろ川柳にほくそ笑んで、やや年も暮れ。
「コスト下げ やる気も一緒に 下げられる」・・・・サラ川より
企業の募集するテーマ川柳が人気のようだ。
一番古くから続いている本家本元はやはり、第一生命のサラリーマン川柳だろうか。ずっと以前から、毎年年の瀬の優秀作発表を楽しみにしてきていた。
「減っていく… ボーナス・年金 髪・愛情」は、3年ほど前の優秀作。20年以上のこの歳月の優秀作をたどって読み返してみると、時代の空気が伝わってきて面白い。(歴代ベスト10集)
最近になって、新顔が増えた。
「小遣いも 妻の基準で 仕分けされ」
この句は、オリックスのマネー川柳の優秀作の中の一句。蓮ホウ議員の鋭い突込みが聞こえてくるよう?
「いいですね 大小ありに 上下なし」は、TOTOのトイレ川柳から。
トイレ川柳は、楽しみにしていたのだけれど、いまいち切れのいいのがない感じかな~~来年に期待しよう。
ちなみに僕の高校では、旧制中学時代にこんな一句が書かれていたと言う伝説があると聞いた。
「神に見放されたら 運は 手でつかめ」と。
広告の終焉<マーケティングの浮上
広告の役目は、本当に終わったのかもしれない。
或いは・・・本来の役割に帰ったのかもしれない。
少なくとも、「広告で売れる」と言う幻想は去ったことは、業界に生きる人なら誰もが否定しない事実だろう。
今、TVをはじめとするメディアで流れているさまざまな広告は、ほんの十年前のそれとはまるで違う。
広告で売れるためには、広告以前の(当たり前の)マーケティングの努力が必要だ。
必要条件としての十分なマーケティングがあって、さらにそれを加速する手法の一つとして、広告も考え得る。という本来の姿に帰ったのだと思う。(そう、思おう)
「売れない時代」も長くなって、売り手は一様に気づき始めた。売れるためには・・・(広告の工夫の前に)マーケティングの努力が肝要なのだと。
昔々・・・広告や販促が全盛のころ、我々、広告や販促の作り手から見ると、”厄介な”クライアントがあったことを思い出す。わかりやすい例を挙げれば、マクドナルドやケンタッキーだ。
なぜ(我々側から見て)厄介だったか?
それは、彼らは、広告の表現の工夫の前に、メニューと価格を工夫することで、売れたり売れなかったりすることを知っているクライアントだったからだ。メニュープロモーションと言う奥の手を持っている=広告代理店の思うままにならない、厄介なクライアントだったのを思い出す。
ケンタッキーのクリスマスバレルは面白いように売れたし、マクドナルドの100円バーガーは市民の常識を変えた。広告の貢献は、その事実の伝達を加速するだけの、本来の役割に限定された。
つまり、小刻みな(=正しい)マーケティングを、体質的に知っているクライアントだった訳だ。本当に顧客が望む価値を提供する努力が先にあり、それに振り向いてもらう手段の一つとして、広告もある。
今、そうした工夫を取り入れているメーカーが急速に増えたと思う。飲料や菓子やインスタント食品などに顕著だ。
漫然と同じものを売り続けるのではなく、今、消費者の心を捉えるのではないかという”商品”を生み出すことにエネルギーを注ぎ、次々に新しい商品を送り出す。流通のバイヤーに働きかけ、それを棚に並べてもらうことに労力をかけ、消費者の反応に全てをかける。支持を得た商品にさらに力を入れてゆく。
これは売れるのでは?と言う感触を掴んだところで広告を打って加速を図る。
これが・・・正しい流れだろう。
つい何年か前まで、これが正しい順番だと考えていないクライアント、広告代理店が、広告の表現工夫とリーチの計算に命をかけていた。
広告よりも<マーケティング。
考えてみれば、当たり前すぎる結論だ。
月日は百代の過客にして・・・。
「月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり 馬の口とらえて老いをむかえる者は日々旅にして旅をすみかとす」・・・は、かの芭蕉、奥の細道の書き出しだったと記憶している。「余もいづれの年よりか、片雲の風に誘われて漂泊の想いやまず・・・」と続くその一節は、不思議と今でも諳んじていて、ふとした時に頭の中でくちずさんでいることもある。
16歳、穢れを知らぬ?少年だった僕は、高校の授業で何より好きな科目は古典と漢文だった。特に、七五調の文体が好きだった。読み下しの漢文調のそのリズムを美しいと感じた。気に入った漢詩も暗誦して嬉々としていた。(ちなみに、何より嫌いだったのは数学と物理、いつも赤点で、ついには先生の方に諦めていただいて何とか卒業した)
三つ子の魂百までと言うけれど、今でもやっぱり七五調の読み下し文体が好きで、唱歌の歌詞に惚れ惚れとしたりする。
あれ?今日のエントリーのテーマは何だったっけ?
ああ~、いいんだこれで。
年の瀬。
何となくこの一年を振り返る。つたなく、恥多い人生を振り返る。
そんな時僕は、決まって古典か漢文の世界に浸ってゆく。
無常観というのかな~、それが、僕の最後の逃げ場所かもしれない。
「人間なんてらら~ら らららら~ら・・・・」という、拓郎のあの歌が好きなのと同じ文脈だ。
1950年に生まれて、西暦が2000年になったときには何だかとっても不思議な気分だった。それが・・・明ければ早2010年だ。
僕が頑張ろうとくじけようと、嬉しかろうが悲しかろうが、月日は行く。
メリークリスマスの夜の雑感。
師走です。
なんだか久々に忙しい感じの年の瀬です。
気がつけば今日は24日、俗にクリスマスイブと言う特別な夜ですね。
雑事に終われる毎日ですが、さすがに今年も残すところ数日と思うと、60年に近い人生の越し方を思い浮かべたりもします。
X’masというと・・・なぜか真っ先に思い出すのは、子供のころに教会でもらったX’masカードです。雪の夜道にトナカイのソリが行くような素朴な絵柄が描かれ、銀粉が散りばめられていて、欧文でMery X'masとか書かれていて・・・昭和も30年代当時の貧しい少年にとっては、まるで別世界からやってきた星のかけらのように、まぶしい宝物でした。・・・そのカードは、誰にも出さずに大切にしまっておいたのですが・・・さて、何時なくしてしまったのでしょうか?
(今にして思えば、イエズス会などの宣教は、こんな効果を利用しながら未開の地に浸透して行ったのでしょうね)
その次には・・・昭和40年代の、植木仁のスーダラ節の延長のようなサラリーマンたちが、とんがり帽子をかぶって飲んだくれるクリスマスのイメージが来ます。サントリーの角やダルマが、課長の権力の証だった時代です。
やがて、ニューファミリーと呼ばれた僕ら団塊世代のファミリークリスマス。少しでも素敵なクリスマスケーキとサンタに成り代わってのプレゼントを家族に運ぶのが、当時のパパのミッションでした。
そして・・・1980年代。ホイチョイの見栄講座のころの、浮かれて気取ったクリスマス。小洒落れたシャンパンやワインの注文の仕方や、オシャレなスポットを知っているかいないかが、男の格好良さの尺度だったりしたものです。なぜか、星降る街角と言う曲が耳元に聞こえてきます。
90年代、2000年、そして今・・・やがて2010年ですね。
10代20代の若者からは、40以上はみんなオジサン!で、一緒に見えるように、アラカンの僕には90年以降は似たり寄ったりの世相に見えてしまいます。
でもさすがにここへ来て、世の中は大きく変わろうとしているかも知れませんね・・・。
来る年が、よい年でありますように。
次の十年が、素敵な時代でありますように・・・。
COP15の落着。
世界193の国と地域から延べ4万人のスタッフが参加したというCOP15。全会一致の落着点は期待に応える内容ではなかったものの、最悪の事態は免れて「宣言に留意する」の合意に至った。
日本にいて、新聞などでこの会議の経緯の報道に接して、何だか全くよくわからなかったという人が多いのではないだろうか?・・・僕もその一人だ。日本のメディアの限界を感じる好例だと思う。
新聞などでは、会議に臨む各国をグループ分けして、先進国:EU/アメリカ/日本 VS 新興国:中国/インド/ブラジル & 後進国:アフリカ/アジア・・・ & 島嶼国:ツバイなど・・。と、色分けしている。
あれ?後進国って言い方は、差別用語であまり使っちゃいけないんじゃなかったっけ?途上国と言うのが正しい表現だと教わった記憶がある。
でも、このテーマで語るときは、後進国の方がわかりやすいのかも。そうすることで、新興国という分け方が際立ってくる。そして・・・新興国と言う、こいつが曲者だな~と、僕は、この報道を読みながらまるで別なことを考えていた。
折りしもTVでは、坂の上の雲の放送が鳴り物入りで始まっっている。明治の初期から日清日露の戦争へ。国が新興して行く過程を、青年達の生き様を通して描いた司馬遼太郎の傑作のドラマ化だ。
新興国・・・国際世界の舞台で、日本は二度この立場を演じた。
一回目は、明治から大正・昭和に掛けて。そして大戦をはさんで、再びの復興の過程で・・・。今は?しっかり先進国のグループに色分けされているのだけれど、はて、何時を堺に我々日本人は先進国民になったのだろう?
新興国とは、自国の成長のためには、周囲の迷惑を考えなくてよい期間のこと?かな? がむしゃらな出世レースを勝ち抜いて、役員の椅子に座ったら、そこそこお行儀も勉強しなさいよと言うことか? あるいは、乱暴な意見もきっちり理論武装し、根回しして通すテクニックを身に付けなさいよ。あるいは、圧倒的影響力で周囲を黙らせる力を発揮しなさいよ・・・?
もう一つ変なことを考えた。例えば、オランダやデンマークは明らかに先進国なのだろうけれど、いわゆる大国ではない。同じ先進国でも、パワフルな大国と上品な小国では、国際世界での役割が違う。先進国ではなくても、充分に大国の影響力を行使している国もある。
では、ポルトガルは先進国?ギリシャはどっち?トルコはどこに入るの?・・・「停滞国」という言い方があったら面白いのに、そうは呼ばない。
国際社会にも、もうじきその「停滞国」認定が必要になってくるのでは? 老人介護と似てるかも?
日本も「停滞国」グループに入らないように気をつけなくては!!
ううん、全くもって落ちのないエントリーになってしまった。
サーブの憂鬱。
GMが、サーブの売却にまたまた失敗。
今年の2月に、事実上の破綻をきたしていたサーブ。今回も、結局身売り話が破談になって・・・GMは「段階的な事業縮小」と発表している。つまり?消えてなくなっちゃうのかな・・・。
好きだったな~あの頃、80年代のサーブ。900シリーズって言うのかな?世界中の色々な車の中で、独り、個性的なスタイルを誇っていた。
そう言えば、ジャガーはどうなってるんだろうか? 急成長のインドのTATAが買ったんじゃなかったっけ?
そのTATAも、今は苦境の只中だ。
自動車業界の地図は、ここから数年でものすごい勢いで塗り替えられるのだと思う。クルマと言うものに対する、消費者の意識が、あっという間に激変しているのが素人にだってわかる。これまでのシェアは、これからのシェアを保証しない。
自動車会社はもちろんのこと、自動車関連の機器メーカーも、来年は再来年は?どこが伸びてどこが衰退するのか、自動車市場のガソリン車のシェアが、この先どうなるのか?バイオ燃料が伸びるのか、ハイブリットが主流になるのか?電気自動車に一気に切り替わるのか?
今はまだ誰にもわからない。でも、今のままではないことは、誰にでもわかる。
このクルマが、クルマ好きの若者たちの、憧れの的だった時代が・・・確かにあった。
子ども店長、日立のCMでアルバイト?に思うこと。
TOYOTAの子ども店長が、今度は日立のCMに登場だ。
先週初めてCMをみて、あれれれ???と思ったのは僕だけだろうか?
天下の日立が・・・それって有り?ちょっと、節操が無くはないか?
売れっ子のタレントが複数社のCMを掛け持ちして、ひどい時には同一タレントのCMが2本連続で流れてしまうなんてこともしょっちゅうの世界で、好感度の高い人気タレントが引っ張りダコとなるのは、それはまあ致し方ないとも言える。
でも・・・こればっかりはどうだろう?
この名子役?(加藤清史郎くんと言うそうだが)は、もちろん劇団所属でそれなりの芸歴もあるらしいけれど、なんと言っても、彼のアイデンティティーは、100人に聞いたら100人が、TOYATAの子ども店長!と、答えるだろう。
確かに認知度が高い。確かに人気だ。しかしそれは全て、TOYOTAのCMで築かれた資産だろう。残念ながら僕は、彼が名演するドラマで泣いたこともないし、舞台で笑ったことも無い。つまり、TOYOTAのCMで作られた架空のキャラクターであって、一個のタレントだとは認識していなかった。
加藤くんには失礼ながら、日立のCMは何度見ても、僕にはTOYOTAの子ども店長が、日立でアルバイトしているようにしか見えない。あのお母さんが怒って連れ戻しに来はしないかと心配になる。(笑)
この起用を提案した代理店はどう考えたのだろう?受けた日立はどこを狙って決めたのだろう?代案はどんなだったのだろう?正直に言って、僕にはこの案を提案する勇気は湧いてこない。
TV広告やマスメディアの世界には、何か世間とは違う常識や理屈が巣食ってしまっているような恐怖を感じる。
さあ、今度は・・・SOFT BANKのお父さん犬が、よそのCMに出るのを楽しみに待とうか。
ドバイショック・・・鎮火?
突然のニュースが世界を駆け回り、金融市場が大混乱?と思ったら、アブダビをはじめとするUAEの協調で、さほどの騒ぎにならずに鎮火の兆しだ。やれやれ・・・かな?
ドバイ! 砂漠に咲いた夢の楼閣。
僕はトランジットで空港で何時間かを過ごした記憶しかない。それだけでも十分に世界一のバブルの熱気は伝わっては来たけれど、今にして思えば、あの頃に一度でも行っておくべきだったかな~。でも・・・噂のホテルは一泊3000$でミニマムステイが1Wだったんだからちょっと考えたのも不思議は無いか。
ドバイの景気が怪しいと聞こえてきたのはいつ頃だったろう?そんな頃に一度だけエントリーを書いた記憶がある【これだ】。
それにしても人間のやることってすごいと思う。100年と少々前にはかもめの飛ぶ寂しい漁村だったHONGKONGをイギリスが租借して自由貿易港にしたとたんに、にょきにょきとビルが建ち始めて、あっという間に香港は今の姿になった。
鄧小平が改革開放!のボタンを押して、わずか10年20年で、上海は今の姿になった。
ドバイはもっと早かったが・・・傾くのも早かった。
中東の経済の仕組みを、僕は良くは知らない。ドバイの夢がこのまましぼむのか、時間をかけて咲きなおすのか、詳しいことは解からない。ただ、思うのは、人の力は相当に強いんだな~と。そして、その強さの元の大半は、飽くなき欲だ。
でも、もっと落ち着いた、もっと地に足の着いた人の強さもある。
COP15の成り行きに注目が集まっている。100年前のウイーン会議と何一つ変わらなくも見える世界各国のエゴのぶつかりあいだけれど、それでも、少しずつは前進してくれるのだろうと、性善説で楽観主義の僕は、半ばの諦めと大きな期待で眺めている。
亀井静香咆える。
中小企業向け融資の返済猶予の件では、すっかり骨抜きの法案になってしまった亀井静香国民新党代表。今度ばかりはと、解かりやすい補正予算の規模問題で、7兆円を8兆円にと咆えている。
経済オンチの閣僚揃いと評判の悪い新政権だが・・・まあ、一生懸命やっているのでは?と言う評価の一方、ここへ来て、普天間問題では社民党の福嶋瑞穂に噛みつかれ、補正予算では亀井静香に咆えられて、さあ~大変。たった二人にちょっと足元を見られている感は否めない。
税収激減、事業仕分けでの予算圧縮もままならない中、無い袖をどれだけ振ればよいのやら、行くも返るもイバラノ道だ。マニュフェストにはこだわることなく、今本当に必要な財政支出を考えて欲しい。これ以上の将来への付回しはあまりもリスキーと感じる。
それにしても、亀井さん(この人も、けっして経済通とは思えないのだけれど)前回といい、今回といい血気盛んだ。夏の参院選で民主が過半数を確保したら、この連立もお仕舞い?それまでに咆えまくって存在感をアピール?
それにしても、参院選以降は国民新党の存在理由は失われるはずで、巷では、民主党に合流かとささやかれる中、こんなに暴れて大丈夫なのかしら?
それとも?小沢さん辺りとの出来レースなのかしらん?
政治は、難しい。
チャリティーショップって・・・いいですね。
以前に、企業などのSCRのひとつの形として「チャリティーバザール」などは考えたことがあったのだけれど、常設のSHOPまでは思いつかなかった。
たまたま、別なことで探していたらひとつのブログに出会って「チャリティーショップ」と言う業態を知った。
善意の人が無償で持ち込んだ商品。キッチンやテーブル周りから、衣料やアンティーク、家電までを、(びっくりするほど)安く売る。運営の経費だけを差し引いて、収益を寄付に回す。お手伝いのボランティアなども盛んのようだ。
これっていいじゃん!!!
ヨーロッパ、特にロンドンには多いらしく、しっかりしたチェーンも存在するという。例によって不勉強が売り物の僕は、ちょっと目からウロコだ。どうして日本には無いのだろう?・・・文化の熟成殿違いかな?
不況とは言え、豊かなモノが有り余っている日本。狭い居住空間で、ちょっとでも扶養のものは処分する人も多いだろう。それが、破格の安値で、それを必要としてくれる人の手に渡って、品物が生き、しかも寄付が実現する。素晴らしいサイクルだと思う。
これをヒントに、何か少し考えてみたくなった。
え?そんなの古いよって?
確かに、ずっと以前から、知ってる人はもうとっくにみんな知ってるのかも知れない。ステキな町の片隅に、しっかりした日本版のチャリティーショップが、きちんと根付いているのかもしれない。
でも、少なくとも僕は知らなかったし、まだ見ていない。多くの日本の人々もまだ知らない。
でも・・・・善意の、仕入れゼロの品物に、値段をつけるのは誰なんだろう?どんな基準でつけるのだろう?粗大ごみを捨てるのにもお金のかかる世の中だ、廃棄処分場代わりにされてしまっては困るだろう。売れそうにも無い品物を持ち込んできた善意の人にはどう応えるのだろう。これはちょっと売れませんと断ってしまっても許されるのだろうか? 家電などの仕様説明や、保証や、事故はどうするんだろう?善意の運営の最低限の経費は、どこに基準を置くのだろう。儲けてしまっては罪悪だし損し続けては続かないし・・・・
・・・これって、運営にはよほどの意思とノウハウが要りそうな気もする。
ロンドン(実は、行ったことがない)に、言ってみたくなった。
BMWのハイブリッド投入キャンペーン。
BMWが、ついにフラグシップの7シリーズにハイブリッド車を投入した。
いや、投入すると発表した。
納車は2010年夏から順次の予定だと言う。お値段は1400万円と少々?と言うから、これはレクサスのLSハイブリッドと比べて同程度だ。
だが・・・来年の夏は~相当に待ち遠しい?!/夏以降順次と言うのがまた曲者だ。
待ち遠しい方のために、キャンペーンを用意したと言う。
今予約する方には、新車のガソリンエンジンの同型車を、破格のリースで繋ぎ提供すると言う。@20万円/月は、通常の半額の大出血サービスとの事だ。狗肉の策だ。
BMW初のハイブリッド「アクティブ・ハイブリッド7」は、BMWの技術の粋を集めて燃費改善。従来型と比べて17%の低燃費化を実現したと言う。
17%!ハイブリッドで???
この発表・・・何だか、BMWの悲壮なあえぎ声が聞こえてくるような気がするのは僕だけ?
つい昨年までのミニバブルの時代、高級欧州車は、世界共通のステータスだった訳だが・・・時代は変わった。
もちろん最大の変化は不況なのだけれど、そんな不況には影響を受けない人、或いは、多少は受けたとしても、車一台くらいはやっぱり気に入るのに乗りたい人にとっても、昨今の急激な環境意識の広まりは大問題だ。
快適なエンジン音と、スパルタンな走りが売り物のBMWと言えども、やはりこの一年の落ち込みは相当に厳しいものがあるのだろう。
ハイブリッド車投入は、火急の課題だったはずだ・・・が、17%はちょっといただけない。
クルマの価値観が変わる。
もう何年かすれば、世界中の車が旧来とは待った区別のコンセプトに基づいて作られ、買われている時代になるのだろう。
1960年代のピンクのキャディラックが、80年代の世界の風景と全く乖離していたくらいの当たり前さで。


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tsujii on NewsZERO「ありのままの公立中学」企画に、ちょっと拍手。: とねさん!ご覧になっ
とね on NewsZERO「ありのままの公立中学」企画に、ちょっと拍手。: 辻井さん 大変遅く
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