北京の白い太陽。
北京:Beijing、古くは北平:Beiping 決して住みやすい土地とは思えない。
春は黄砂の嵐、夏の高温、そして冬には、晴れても灰色の空に白い太陽がまるで月のようだ。
古く秦の頃から要都とされたが、ここを正式に首都としたのは、遼を滅ぼした金からか。その後チンギスの子孫が建てた元もここに都を置いた。しかしやはりなんと言っても、今日の北京に繋がる歴史は、明を襲って建国した満州族の清王朝の物語の舞台としてだらろう。
北京はやはり、北方系の異民族王朝の中華支配拠点だったようだ。漢族系の王朝では唐の長安、明の南京など、より温暖な地が選ばれる。漢族の王朝が、夷敵排除の目的で営々と築いた万里の頂上の内側に、その異民族の王朝が壮大な紫禁城を営むとは皮肉なものだ。
その紫禁城の正門が天安門。毛主席の巨大な肖像画とともに中国共産党のシンボルといえる。
その共産党中国が、急激に病んでいる様子だ。
沿岸の都市部で職を失った出稼ぎ農民、「民工」達の大量帰郷が伝えられるが、この国の”出稼ぎ”は日本のそれとはちょっと違うらしい。田畑は売り払って都会に出、そこで職を失っての帰郷なので救いようが無いと聞く。
天安門広場に翻る真っ赤な国旗。中国共産党は何時まで”中華の民”を支配し続けられるのか・・・。
興味本位で言えば・・・中国共産党の一党独裁体制の崩壊の時は・・・この上なく興味深い。
しかし、もし仮に、近い将来にそれが現実になったら・・・世界の政治と経済は一体どんなことになって行くのか。
年を跨いで、中東がきな臭い。
1930年の世界恐慌は、実際にはニューディール政策では救われていない。結局のところ、世界の経済を上向きに引き戻したのは、第二次世界大戦だった。
近代の歴史上では、世界恐慌は戦争でしかぬぐわれていないという歴史は、いかにも恐ろしく感じる。
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