2009年1月アーカイブ

週刊誌の中吊り広告が好きだ。

電車や地下鉄に乗る時は中吊り広告を読むのが大好きだ。

特に週刊誌の中吊りが最高によい。車両無いにたくさんかかっているときなどは、嬉しくて、次々に読むために車内を移動してしまって、時折、不審なオヤジだと思われてしまうが他意はない。きれいなお嬢さんに近寄って行ったのではなくて、僕はただ、その週刊文春の記事の見出しが読みたいだけなんです。

今週の文春は・・・ソニーをボロボロにしてしまったストリンガーCEOと言うタイトルがメインで、押さえに、朝青龍の”ワールドちゃんこ”と”チンギスハンになる”と言う、引きの強い見出しが躍っていた。

従来、電車の中吊り、とりわけ都内を走るJR山手線と営団地下鉄の中吊り広告は、東京のOOHの花形だったが、近年は・・・ちと影が薄い。

それもそうだろう。車内を見渡せば10人中5人以上が、先ず間違いなくケイタイを手にしてメールチェックか検索だ。さもなくばゲームに熱中しているか、iPodでお気に入りの音楽に酔っている。

中吊り広告を読みたくて、車内を彷徨している輩など先ず稀だ。さらに言えば、夕刊紙や週刊誌を買う人の数も激減だ。なにしろFreeMGZはどこの駅にも掃いて捨てるほどあるのだし。

その一方で、OOH自体は隆盛の兆しのようだ。

これは以前から思っていたことなのだけれど、日本は、諸外国の都市に比べてOOHが貧弱だった嫌いがある。ヨーロッパでもアメリカでも、大都市のOOH≒ビルボードの広告は一種の文化を形成している。

どちらかといえばスケール感のあるブランディング広告の多い諸外国と対照的だったのが、日本の中吊り広告で、こちらはかなり詳細な情報を提供して、直接的にアクションの誘発を狙うものだった。それが効かなくなってきて、中吊りや額面は今ではローンや英会話など、刈り取り型のものばかりが多い。

一方でようやく、趣向を凝らした大型のOOHが出現し始めている。

これも、テレビ一辺倒の広告が聞かなくなってきた反動だろう。もともとヨーロッパでもアメリカでも、TVではブランディングはできなかった事情からOOHが力を持っていたわけだ。

マーケティングの停滞は、進化のための雌伏の時?

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マーケティングが、プロモーションが、特に、マーケティング・コミュニケーションが停滞しているのを肌で感じる。

創意と工夫で新しい商品価値を生み出し、それを問う試みがすっかり影を潜めて、その場凌ぎか破れかぶれの安売りばかりがあふれている。

テレビが惨憺たる状態だ。流れてくるのはパチンコ屋のCMと番宣ばかり。番組のコンテンツもひどい。制作費縮小の嵐だと聞くが、どの局もどの局も、安物のお笑いタレントを集めたクイズバラエティーのようなものばかりで・・・これではいくらなんでも視聴者が離れて行くのではなかろうか。

致し方ない時期だろう。そしてこの”時期”は、やがて過ぎても、きっと”元通り”には戻らないはずだ。

いつまでも死んだ振りとは行くまいが、新たな胎動が持ち上がって、次のステージが始まる時(さて、いつになるのか・・・)には、新しい潮流がうねりをなしているだろう。

あらゆるムダや、今までの”当たり前”を捨てた、新しい価値を問う時代が、今もうそこで待っている。

そのときに向かって、今こそ、心あるマーケッターは、本当は何をすべきかを考える時なのだと思う。

本当のマーケティングコミュニケーションが、顧客に問いかけ、訴える核心は何なのかを。

朝青龍さまに脱帽。

いや~参った!参りました。

三場所連続休場明け、場所前の横審の稽古でもヨレヨレで、今場所も休場?はたまたこのまま引退では?といわれていたのがどうだ!! 初日2日目の綱渡り相撲が、中日を超えた辺りからはもう、自信満々の横綱相撲。千秋楽、白鳳の頑張りでと言うか・・・本割りは立会いの失敗で・・・全勝優勝こそ逃したものの、決定戦ではがっしりと下手を引いて頭を付けての渾身の相撲で、白鳳を土俵の外に運んだ。 完勝だ。

北の富士の解説が面白かった。・・・・いや~相撲界全体が、我々(解説者)を含め全員が、朝青龍の軍門に下ることになりますね~と。 まさに、そういうことだった。

朝青龍・・・だいっ嫌いだけど、参りました。あんたは偉い。あんたはスゴイ。

寄り切って、買った瞬間に万歳した横綱はあなたが初めてだと思う。 悪役とは言え、今場所の優勝は相当嬉しかったみたいだね、花道を帰ってくるところから目が潤んでた。

麻生太郎総理大臣も花を添えましたね・・・「幾多の試練を乗り越えての優勝・・・おめでとう・・・横綱は強くなくっちゃ」て!?「私も、あやかって頑張ります」くらい言えば、もう少し受けたろうに・・・・。

土俵上での所作、土俵外での言動、顔つき、・・・あの、いやらしいダメ押しと、にらみつけ、言葉の端はし・・・いやもう、朝青龍の嫌いなところをあげつらったら、あのブッシュよりも嫌いかもしれないと思うほど嫌いなのだけれど・・・今回は参りました。あんたは偉い!! この逆境下、良くぞ頑張った。 男の鏡だよ。 見習お!!!

どんなに憎まれても、嫌われても、勝てば正義だ。強いことは正しいことなんだと・・・・思い知らされた。

 

 

原丈人さんのTV特番/Youtubeで発見!

うっかり見過ごしてしまって残念至極だった原丈人さんの、昨年夏のTV特番が、3本に分かれてYoutubeに上がっていた。 嬉しい!!

彼は著書「国富論」の中で見事に今日を予言していたし、この番組でも、短期的な利益追求の風潮に強く警鐘を発している。

そう言えば原丈人さんは、アメリカの民主党の顧問なんだよな~。国連でも重責を担っていると聞いた。最近は独自のNPO的事業で、アフリカなどの途上国の食料と栄養の問題に取り組もうとしているらしい。それに、ほぼ日の糸井さんが一枚かもうとしている。

ブッシュはヘリコプターでテキサスに帰っていった。

きっと、すこし、世の中が変わるのだと思う。

今日までの時代の”愚”をあげつらう人は多いけれど、次の時代が目指すべきものを、言い切っている人は少ない。

原丈人は、数少ない”預言者”の一人だと思う。

バラク・フセイン・オバマ。

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オバマ新大統領の就任式に集まった、あの人数と熱気には圧倒された。すごいな~やっぱりこの国は・・・実にシンプルで解かりやすい。

就任演説をテレビで見ていて、僕は始めて彼のミドルネームの”H”が”フセイン”なのだと知った(不勉強/反省)。

フセイン.jpg
フセインって・・・あの(ブッシュに殺されてしまった)サダム・フセインを代表に、アラブ系イスラム系の人の名前だよね。

何故オバマのミドルネームがフセインなの? と思ってちょっとNetで調べてみたけれど、まだ命名の由来には出会えていない。(ぜひ知りたい。誰か知っていたら教えてください)

その代りに、面白い話に出会った。

やはり、アメリカの大統領候補が”フセイン”なのは、相当に目立つポイントだったようで、共和統系などの対立者からは、”フセイン氏”と、皮肉っぽく呼ばれ、揶揄されたそうだ。

その反対に、若者などのオバマ支持者の間では、ネット上のハンドルネームなどで、”フセイン”を多用することが流行したそうだから、これも面白い。

オサマ].jpg
さらにもう一つあって、”オバマ”が、あのビンラディンの”オサマ”と近いことも、相当におもしろがられた様だ。実際にCNNのキャスターがオサマをオバマと間違ってしまい、慌てて謝罪したことが話題になったようだ。

アメリカに誕生した世紀の大統領が、期せずして、この10年のアメリカの宿敵”ビンラディン”と”サダム”の名前を思い出させるというのは、これも何かの因縁だろうか。

 

 

つれづれ。

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ロスカボス.JPG冬の日だまりで、ボーっとしているのが大好きだ。常夏の国のプールサイドで、ジントニックかテキーラで、日がな一日、本を読んでいるのが大好きだ。

僕は、根っからのソーラー人間で、お天気が好いと幸せ。雨の日はちょっと切ない。だから惜しみなく日が降り注ぐこんな景色が何より好きだ。

どうせ人生そのものが旅なのだから旅をしよう。どんなに忙しくても、思い立ったら旅に出ようと30歳の時に心に決めて、徹夜してでも仕事をこなして、年に数度は無理矢理に長めの旅に出かける生き方を、自分なりの美学にして何十年か生きてきた。

出かける時は全てを忘れる。遊んでいる時は何も考えずに、ただ空気と光と時間を味わう・・・と言うとちょっとかっこ好過ぎるかも知れないけれど、僕は、けっこう確信犯的に旅には時間もお金も惜しまなかった。

色々な土を踏んだ。色々な空気を吸った。そして色々な人と色々な笑顔に出会った。旅よ万歳だ。・・・でも、つかの間の休暇を終え最後の夜を眠って、目覚めて空港に向かう車の中で、僕はもう、帰ってからの仕事を考えていた。帰途の飛行機の中の時間が嫌いだった。

いい年になって、仕事の心配も何も無く、年中旅をしていられるような晩年が夢だった。

でも・・・・それは違うのかもしれないと、今思っている。 何か、自分を縛るものがあるから、人はそこから開放される束の間の時間を至極の時と感じられるのだ。縛るものが無くなってしまったら、開放感は味わえない。

よろずにするすみなきこそうれしけれ(って、吉田兼好?)・・・誰も、知り合いや縁者が居なかったら、どんなに気楽だろうって言う意味でしょう? ・・・・でも、違うねキット。それではありがたみが分からない。

曇ったり、降ったりする日を知っているから、晴れた日がありがたいんだ。重たい仕事が舞っているから、束の間の開放感を味わえるんだ。人って、基本的にマゾなんだね。・・・・と、思う。

兼好も、それは知っててそう言ったんだよね。

アマゾンの船。

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アマゾンの船.JPG
旅のことを少しずつ書こうと思ってカテゴリーまで用意したのに、あまり書いていないのは何故だろう。

僕にとって旅とは、挑戦するものであって思い出すものでは無いのかも知れない。

高校一年のときの古文の授業だったろうか、芭蕉、奥の細道の冒頭「月日は百代の過客にして行きかふ年もまた旅人なり・・・」の一節に電気ショックのように痺れてしまって以来、僕は旅人だ。

学生時代の4年間を東京で過ごして、卒業と同時にしっぽを巻いて札幌へ逃げ帰った。おかしな話だが、東京の寒~い冬が嫌いだったからだ。

32歳で、札幌を食い詰めて東京に逃げ出してきた。以来26年。僕は未だに出稼ぎ気分のままだ。これはきっと死ぬまでそうなのだろうと思う。「日々旅にして旅を住処とす」だ。

一度は行ってみたかった南米アマゾンの地を、初めて踏んだのは2年前の年の瀬だった。案内を頼んでおいたガイドが、日系人で、なんと言ったらいいのかな・・・僕ら日本人よりもはるかに日本人くさい日系ブラジル人で、これにはちょっと面食らった。はるかアマゾンに北と言うよりも、田舎に止まろうノ感覚に近かったからだ。

でも、アマゾンは大きかった。想像の数倍でかかった。

ホテルの窓から船着場を見下ろせた。そこには船が繋がれていた。この川を上り下ること一週間、いや二週間にも及ぶ航路だという。

しかしそれは彼らの生活であって、決して僕の言う旅ではない。僕は、はるか地の果ての日本からここを訪ねて、わずか3日で次の地アルゼンチンに向かった。

この港に一週間、次の町に一ヶ月と言う、本物の旅がしてみたい。でも、何かに追い立てられるような思いでそれは未だかなわない。

本当はできるのだろう。

自分のことを待っている人などは実は居ないのかもしれないのに、待たれているような気がしてしまう。自分を頼っている人などは本当は居ないのに、頼られているように思って人は生きて行く。そして、何もせずに終わる。

国会で漢字テストの愚。

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今夜は、オバマ新大統領の就任式。一世一代の就任演説はやはり聞いておきたい・・・ってことは、夜中?明け方?

良かれ悪しかれアメリカの、あの盛り上がり感と言うか、政治関与感覚と、リーダーのリーダー意識は、やはり、われ等の日本とはまるで違う。アメリカと言う国も、アングロサクソンと言う人種も全く好きではないが、見習うべきところは見習わなくてはとつくづく思う。

さて日本、今日はなんと国会で、漢字テストをやっていた。麻生くんが書いたにしては難しすぎる漢字の多い論文だが、これはゴーストライターでは?と、民主党の副代表が、漢字の読み方ボードで質問だ。(そのネタ、お笑い番組でこないだやってましたよ!!!)・・・・情けないを通り越して、素直に笑ってしまいたくなる。

「消費税など言語道断」「一院制を公約に」と、小泉元総理の発言が過激だ。いや、そんなに過激じゃないか・・・みなが思っていることだし、そう発言した政治家も他にもたくさん居たのだろう。

ただやはり、小泉がしゃべると新聞の見出しはでかくなる。それが存在感と言うことか。

政界引退を表明した、三代前の元総理が人気者だというこの構図。

とって置きの薪窯ピッツェリア

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アンジェリーノ.jpg

高くておいしいお店はもちろんある。安くておいしいお店も時々ある。高くなくて、すご~くおいしいお店に出会うと、ものすごく幸せな気分になる。

麹町3丁目の pizzeria angelino 僕にとっては、数少ないそんな嬉しいお店の一店だ。

このお店を知ったのは全くの偶然。このお店のすぐ近くに、知る人ぞ知る蕎麦と和食の名店「吉田」がある。実はある日、吉田のそばが食べたくて出向いたら、なんと蕎麦が品切れだった。がっかりして少し歩いたら、このangrlinoの前に差しかかった。

何となく、いい雰囲気が漂っていて、ふらりと入った。

ふらりと入ったら、奥に窯があっってびっくり。

お勧めを聞いて、ミートラザニアを試せといわれて素直に従い、熱々のラザニアを口にして、もういきなり降参!!!以来、数回足を運んだがこの一品は外せない。

料理評論家じゃないから、あれこれ言うのはよそう。ただ一言、うまい。うまいけれど1000円しない。

もう一品、シェフの自慢はピッツァのカルボナーラ風。黒胡椒が合う。これも凄い!凄いけれど1500円しない。

ハウスワインもいける。いけるけれど500mlのデキャンタで・・・確か1500円くらいだ。

シャイなシェフは36歳だという。こちらから話しかけないと、なかなかしゃべってくれないけれど、今日は窯の前に立って微笑んでくれた。

ごちそう様でした!!!

エネルギーで身を立てろ!ジャパンイニシアチブ。

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正月のTVCMで、唯一見るに値するメッセージを発信していた”シャープ”について・・・もう一度考えてみる。そうすると、その前にどうしても触れたくなるのが・・・SONYとSAMSUNGだ。

ニッポンの躍進の象徴だったSONYに、ドライで刹那的なアメリカ流利益至上主義を持ち込んで、すっかりSONYをおかしくしてしまった出井さん。その後全く影の薄かった中鉢さん。そしてついに登場した青い目の社長ストリンガー氏で、ぼくのリベラルナショナリズム的SONY支持は終わった。ゲームの利益貢献で一世を風靡して去っていった久多良木さんとかと言う方もいらっしゃったな~。でも、ゲームの利益が会社を支えていても、僕のさむらいニッポン魂はときめかなかった。

SONY衰退の潮流と反比例的に、一気の躍進を遂げたのがSAMSUNGだ。世界中どこへ行っても、看板の輝きでも、空港の店舗での露出でも、一気に来ている感があった。・・・さて、この頃はどうなのか。

そんな中、90年代くらいから? ”目の付けどころが・・・・>シャープでしょ” のタグライン以来、ずっと気になっていたシャープだったけれど、近年のアクオスCMや亀山工場アピールのアプローチは、僕らが考える”オーガニック・コミュニケーション・ミックス論”や、”ブランド広報”の姿勢と重なって、好ましい思いで見てきた会社だった。

そのシャープがついに、満を持してと言うか、意を決してと言うか・・・本当の志を宣言したのが今回の”ソーラーエネルギー・メッセージ”だ。

シャープは、家電メーカーを超えて、エネルギーカンパニーを志している。それを、”有言実行”で推進しようと言う姿勢は、まさに賞賛に値すると思う。

「重役」と言う言葉が死語になった。

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何故だろう、突然そんなことに思い当たった。そういえば、僕の若い頃は「重役」と言う言葉があったな。あれって、もともとはさむらい社会の家老職とかを指す「ご重役」の流れ? 

森重久弥の社長漫遊記や、植木等のスーダラ節の頃は「取締役会議」と言うよりは「重役会議」と言うのが一般的だったなあ。何だか、いかにも美味そうな弁当が出てきそうな会議の感じがするな~。

それがやがて「役員会」になったかな? それでも未だ、何となく「会議」と言うよりは「会」の印象の方が強くて、まだ、弁当が美味そうな気がする。

つまり、当時の感覚では「重役」とか「役員」と言うのは、ある種のクラスイメージで、サラリーマンのゴールだったんだな~。それが日本の(いや、世界共通かな)会社のイメージだった。

それがいつか、「取締役会」になって、がらりと印象が変わる。厳しく、シビアな、経営判断の場と言う印象だ。アングロサクソン風の企業経営のイメージと言うか、「資本」と「経営」の関係が重視されだした流れの中にあったように感じる。

当時僕も、経営の真似事をしていた。当然、重役会議なんて感じじゃなくて、取締役会だった。(いや、取締役会ゴッコだったかもしれないけれど)おいしい弁当に舌鼓を打った記憶は、とんと無い。

何故こんなことを考えたかと言うと、先日の「会社は誰の為のもの?」と言う話の延長だ。

世襲制の家老職の「ご重役」と言うのは、藩士や領民への責任感が問われる職だったはずだ。当然、オーナーである殿様への忠誠の上でなのだけれど、時には、その殿様を諌めるために陰腹を切ってでも諫言するのが家老の役目だった。そのイメージが、株式会社に移行して、極自然に「重役」と言う言い方が根付いたのだろう。だって、商法にはそんな言葉出てこないものね。

それと比べると、「取締役」って言うのは、何となく、お雇い外人と言うか、奉行職程度と言うか・・・職階よりも、職位。 その場、その時の「職責」と言う感じがして、コロコロと移ろう印象が否めない。重役の椅子に安寧するのじゃなく、取締役の職責を果たして、次につなぐのが何よりなんだろうけれど、何となく継続性が感じられなく、刹那的な印象だ。

(さて、やっぱり夜中のブログは支離滅裂なんだけれど)今の自民党政権。都度都度の組閣ごとに「大臣」≒「取締役」は出てくるけれど、腰の座った「重役」が居ないよね。

そこへ行くと、民主党の方が「重役」の顔ぶれが決まっていて、継続した意志が感じられるか・・・これ、大きな皮肉のつもりでもあるんだけれど・・・。

どうも、このところの状況を客観的に判断すると、一回は民主党政権になってみないと収まらないのかもしれない。仮に今年そうなったとして、そのまま行くとは、ど~~~しても思えないのだけれど、かといって、このまま(自公体制のまま)行くとも思えないところまで来てしまった。

麻生ちゃんがひどい。そんな麻生に繋いだ福田選手が悪い。投げ出した阿部君が情け無い。阿部君に託してしまった純ちゃんがもっと悪い??

じゃー小沢さん!?  しかしこの人も、前科物だ。

ああ、またまた、出口の無いテーマに迷い込んでしまった。・・・それでも、いやでも、今年中に選挙は”来る”。来てしまう。

世紀の就任式が間近だ。

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アメリカ合衆国発祥の地フィラディルフィアから、列車を駆ってワシントンへ入り、世紀の就任演説。選挙中は、散々ケネディーになぞらえられたバラク・オバマ氏が、今度は、自らをリンカーンの奇跡に重ねようとしているという。

暗殺の危険と言う報道が乱れ飛んでいる。ほんの数十年前の大統領や、その弟が凶弾に倒れた国だから、真実味があって恐ろしい。それだけの恐ろしさと隣り合わせの、期待もある。

いずれにしても、就任式の当日の様子ははテレビで見たいと思っている。20日の深夜か~(21日の朝の約束はなるべく避けよう)。

ヒラリー新国務長官のスマート・パワー路線は、今後の日米関係にどんな局面をもたらすのだろうか?ここ数年の(日本軽視)中国重視のラブコールに、あからさまな独自外交姿勢のつれない返事を返されたアメリカは、今度は再び、日本重視ではといわれているが・・・この、日本重視が曲者だ。

日本重視=日米同盟関係強化=親米姿勢の強要=$経済との心中の強要・・・でしかないのなら、むしろ、いっそ、ジャパン・パッシングで行って欲しい気もする。その間に、日本ならではの独自路線を固めればいいのだ。

さてその日本。渡辺選手が一人離党。松浪選手がたった一人採決棄権。国民一人当たり12000円?の一律給付。総額2兆円で生活支援と消費刺激???とは、お寒い限りで本当に情けなくなってしまう。P/L、B/Sの読めない経営者が、市場環境の理解も無く、見当違いの愚作を強行しては会社が潰れるのは当たり前だろうに・・・。

しかも、せいぜいそんな辺りが論点で、政権交代を狙うと言う民主党の重鎮の顔ぶれが、ここ数年、一つも変わっていないのは、虫の息かといわれている自民党よりも、さらにお寒い。

いや、そんな状況を、他人事のように見て平気で居る我々国民の政治意識はさらにお寒い。

困った!!!

20日就任式、かの国の熱気が、わが国にも何かの刺激をもたらしてくれればいいのだけれど。

 

 

八重洲ブックセンター詣で。

以前にも書いたかもしれないけれど、僕は年に1~2回、八重洲ブックセンター詣でをしてしまう。

今年も、1月の6日に行ってきた。

普段、暇つぶしに読みたい本などはAMAZONで買うのだけれど、何か新しい刺激が欲しいような時、或いは少し落ち込んでいて、何らかの指標が欲しいような時に、僕は無性に大きな本屋に行きたくなる。

そこに並ぶ夥しい本の数々。刺激的な見出しの世相分析や未来予測。成功者の知恵や、警鐘の言葉の坩堝の中に身を置いてみる事で、不思議な孤独を味わってみたくなる。

2~3時間も居るだろうか、拾い読みをしてみて、そうだ!とか、違う!とか、当たり前だろうとか、ふざけるなとか・・・一人でさまざま考えて、ひとかかえほど買って帰ってくるのだが、不精者の僕は結局その半分も読まないうちに、世相の方が変化してしまって、それらの本が古くなってしまったりするし、見出しの割に中身が貧弱で5分の1読んでそのままのものも多い。

それでも僕にとって、年に1~2度の八重洲ブックセンター詣では、やはり何かの切り替えのポイントになっているようだ。

10冊買うと一冊くらいは、僕の意識形成に何らかの影響を与えてくれるのが混じっている。たまたま一冊目で、大きな啓示に出会ってしまったような時は、残りの九冊を読むよりは啓示に従って行動をとるほうに走るから、読まないままの本が残るのだが、僕はそれで大満足だ。

10冊分の知識が欲しいのではなくて、モヤモヤとした自分の思いに一滴の”ニガリ”(あの、豆腐を固めるヤツ)が欲しいだけなのだから。自分を動かすのは自分でしかないのであって、外からの刺激は、その助けに過ぎない。・・・と言うのが僕の原点だし、僕の限界でもあるのだけれど・・・・。

nepia千のトイレプロジェクトに学んだこと。

昨年の7月1日から10月31日までをキャンペーン期間として実施した、僕らの手作りCSRプロジェクト「nepia千のトイレプロジェクト」。スタートまでと、実施期間中は、まさに新しい経験づくめで、ハラハラしたり、バタバタしたりと大変を絵に描いたような騒ぎだったが、無事に、と言うか、期待以上の大成功で終わらせていただくことができた。

いや、終わらせていただくという言い方はなじまない。

これは、やってみて初めて実感できたことなのだけれど、このプロジェクトに終わりはない。いや、むしろ、今ようやく本格的に始まったと言うのが正しい。

人の善意に語りかける社会貢献型、取分け、購入と結びつくコーズリレイテッド型のキャンペーンは、それを発信する側の姿勢と自覚には、相当なものが必要だと、頭ではわかっていたのだが、ここまでのものとかと、やってみて初めて気づくことがたくさんある。

アンケート.jpgキャンペーンの後半で、Web上での簡単なアンケートを実施させていただいた。趣旨に照らしても、余り大げさな謝礼やプレ

 
ゼントはおかしかろうと、ネピア製品詰め合わせを毎週10名さまにとさせていただいたら、驚いたことに、7週の実施(HP上のみ)で、なんと10000人を越える方々からアンケートが寄せられた。

どこでお知りになられたか?とか、このようなキャンペーンは好感が持てるかどうか?とか、簡単なマーク式回答4問に、中には書いてくれる方もあるかと、任意のOPENアンサーを加えておいた。

なんと、なんと!なんと!!

回答者の70%以上の方が、びっしりとOPENアンサーに書き込んでくれていたのだ。

 

GREEDからGREENへ!

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オルタナ.jpgGreedからGreenへ! とは、僕の応援する”企業の「志」追求マガジン?”オルタナの今年のテーマワードだ。編集長森摂、 さすがうまい!!と、拍手を送りたい気分だ。

【Greed】:貪欲とか強欲とか?いわゆる食い意地が汚いのも言うらしい。

実によく雰囲気の伝わる単語だ。鏡に向かって、ちょっと唇をひねって悪役面をつくり、グリードと発音してみると面白い。本当に貪欲そうなイヤーな顔になる。 

アメリカ流の四半期利益至上主義、利益に比例する経営者報酬の構造はつまりはこのGreedをベースに組み立てられた、バベルの塔だった。IT=インフォメーションテクノロジーも、FT=金融テクノロジーも、このGreedの上で語られる限りは、どこか、幻術的要素を帯びてきてしまわざるをえない。MT=マーケティングテクノロジーもそうだけれど・・・。

株式会社は誰のもの? 

それは株主のものに決まっているでしょう。と、面と向かって初めて言われて、目を白黒させた時のことを今でも思い出す。2000年。僕が、アイベックスと言う会社をやっていて、上場ということに初めて意識を持ち、外部から資本とコンサルを招き入れた際に、その連中から言われた。

株式会社は株主のもの。会社は装置です。成長できる市場を見つけ出して、利益を上げる方法を考えるのが、CEOの辻井さん、経営者としてのあなたの勤めです。単に仕事が好きとか、楽しいとか、社員が可愛いとか、そんな甘ちゃんなことではIPOレースには勝てませんよ!と。

そうですか、頑張りますといったか言わなかったかは記憶にないが、少なくとも僕は多少の違和感を覚えたが、シリコンバレーで成功を収めた連中の、当時の理屈ではそれが正論だった。そして、何を隠そうこの僕も、充分にグリードなオーナー経営者として、あれこれと無い知恵を絞っては事業計画を練り上げ、一攫千金のIPOの夢に向かって突き進んでいったものだった。

時は過ぎた。

近年では、会社にはたくさんのステークホルダーがいる。株主はもちろんだが、社員も、取引先も、消費者も、みな大事なステークホルダーだ、とする考え方が徐々に浸透してきていた。

それが、さらに一歩進み、サスティナビリティーの理論やCSRへ。つまり、会社は社会にとって”善”の存在であり続けることが必要だと言う、正しい理論に昇華していく。

GREEDから、GREENへ。 今日はオルタナの発行人新樂氏と、編集長森氏と、オヤジ四人で飯を食う。今夜はぜひ、グリーンに酔っ払ってみたい。

 

次の100年への鍵は「環境」と「姿勢」。

 世紀に一度の大恐慌! 金融市場の底が抜け世界は同時不況の底なし沼に・・・と言う悲観報道が一巡したら、今度はこぞって「ピンチをチャンスに!」 のエールが巻き起こりつつある。

マスコミの付和雷同振りには今さらながら辟易だが、「ピンチをチャンスに!」には頷ける。

日本の実態は、実は(世界に比して)チャンスに溢れている。「技術」と「人」と「資金」の蓄積で。

足りないのは「思想」と「意志」だ。「無」から「有」を生む最初の着想だ。方程式ではなくて、理論だ。

どんな風に?のHow toではなくて、今こそ何を?のWhat forに答えを見つけるときだ。

本当は、世界のピンチを日本のチャンスにと言うような、利己的なことではなく、世界の試練を次の飛躍にという共通課題だし、今こそ(=17世紀の鎖国以来、400年間殻に閉じこもっていた)日本のリーダーシップで、次を切り開く責任の時だ。

地球の資源と、人の心を食い尽くしたのが20世紀の事業(エンタープライズ)とマーケティングだとしたら、21世紀は地球(社会)や人と「共生」、或いは「共鳴」「共振」する事業やマーケティングの時代になる(べきだ)・・・そうでないと、人類は自壊してしまうから・・・と、ここ数年、何となく感じ取られ続けてきた。

まさにそのときが来たのだと思う。・・・・僕らが、余りに傲慢で、かつ鈍感だから、こんなショック療法の形で・・・・。

次の事業Hintは「環境」だと言う。 

おそらく正しい。 =地球と共生できる幸せの価値化だ。

では、僕らの本業=マーケティングやコミュニケーション、プロモーションの

Nextは何だ?!

テレビで中継される市民殺し。

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イスラエル、今回突然のガザ地区攻撃は、総選挙を間近に控えて分の悪い与党の人気取りでは?との見方があるらしい。

本当ですか? 今は21世紀ですよ!!

ユダヤとアラブの3000年の反目の歴史は、何度聞いても複雑すぎて答えが出ない。

現在の中東の政治事情には詳しくない。ましてや、イスラエルの国会の勢力分布は知らない。

ハマスにどんな幹部がいて、どんな風にイスラエルに脅威を与え続けているのかも良く知らない。

だが、そんな僕でも、今回の市街地攻撃で、数百人の市民が死んでいるという事実はいやでも知らされる。

何しろ、お茶の間にテレビ中継なのだから。

ううううう・・・・

やっぱり、今回に限らず、イスラエル、これまでのやり方、どう考えても、何回考え直しても、少し乱暴過ぎやしないか?

如何にアメリカの支持が強いからといって、何故、この乱暴が、世界中にテレビ中継されながら続けられるのか?

国連の無力どころか、人間の理性に疑いを持ってしまう。情けなくなってしまう。

選挙対策で、500人の市民殺し??

まあ、経済対策で数十万いや数百万人の人殺しをしたのは、つい数十年前のことだから・・・当たり前の範囲か。

 

シャープの意志。

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正月、久々のTV三昧で、箱根駅伝から、女太閤記、お笑いの特番まで数々の番組を観た。

せっかく興が乗ってきたところに、いやおう無く割り込んでくる数々のCM。脈絡無く、騒がしく、手前勝手なCMのノイズには、改めてうんざりさせられたが、そんな中、記憶に残ったのはシャープの「ソーラーカンパニー宣言CM」だった。

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~いよいよ世界は、油田の時代から太陽光の時代へ~シャープは世界が求めるエネルギーメーカーになって行く~

オー・ソレ・ミオの曲を背景に、吉永小百合が宣言メッセージを読み上げるように語るこのCMには、いくつかのことを感じさせられた。

一つ:~救うのは太陽だと思う~ メッセージが問いかけている問題は・・・その通りだ。

二つ:~シャープはエネルギーメーカーへ~ シャープよ、そこまで言い切っていいのか? そこまでの、大きな意志と決断に基づいての発言か?(それとも、クリエイティヴの先走りか??)

三つ:言動は一致するのか? 現在既存の構造の中には、社会に仇する部分を、まだ残しているのではないのか?

ただ、それにしても何にしても・・・マリンちゃんに会えますようにとか、初売り半額とかの、刹那的なCM郡に比べれば、群を抜いて輝きに満ちていたように感じる。

新しい価値を認識して、そこへ向けて舵を切るとき、既存の体制矛盾はいくつか残るのは致し方ないだろう。シャープが喧伝するクリーンエネルギーの亀山工場に関しても、きれいごとの裏をあげつらう話には事欠かない。

しかし、重要なのは「意思」だ。新しい価値に向かって、走り始めるぞと言う意思が貴重だ。そして、それを勇気を持って宣言することは、さらに意義深い。

このCMからは、混沌を抜け出し、次を創りあげようと言う意思を感じた。一皮向けた、日本の企業の”これから”を示す一つの姿を感じた。

今年のシャープを見つめて行きたいと思った。

 

北京の白い太陽。

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北京:Beijing、古くは北平:Beiping 決して住みやすい土地とは思えない。

春は黄砂の嵐、夏の高温、そして冬には、晴れても灰色の空に白い太陽がまるで月のようだ。

古く秦の頃から要都とされたが、ここを正式に首都としたのは、遼を滅ぼした金からか。その後チンギスの子孫が建てた元もここに都を置いた。しかしやはりなんと言っても、今日の北京に繋がる歴史は、明を襲って建国した満州族の清王朝の物語の舞台としてだらろう。

北京はやはり、北方系の異民族王朝の中華支配拠点だったようだ。漢族系の王朝では唐の長安、明の南京など、より温暖な地が選ばれる。漢族の王朝が、夷敵排除の目的で営々と築いた万里の頂上の内側に、その異民族の王朝が壮大な紫禁城を営むとは皮肉なものだ。

その紫禁城の正門が天安門。毛主席の巨大な肖像画とともに中国共産党のシンボルといえる。

その共産党中国が、急激に病んでいる様子だ。

沿岸の都市部で職を失った出稼ぎ農民、「民工」達の大量帰郷が伝えられるが、この国の”出稼ぎ”は日本のそれとはちょっと違うらしい。田畑は売り払って都会に出、そこで職を失っての帰郷なので救いようが無いと聞く。

天安門広場に翻る真っ赤な国旗。中国共産党は何時まで”中華の民”を支配し続けられるのか・・・。

興味本位で言えば・・・中国共産党の一党独裁体制の崩壊の時は・・・この上なく興味深い。

しかし、もし仮に、近い将来にそれが現実になったら・・・世界の政治と経済は一体どんなことになって行くのか。

年を跨いで、中東がきな臭い。

1930年の世界恐慌は、実際にはニューディール政策では救われていない。結局のところ、世界の経済を上向きに引き戻したのは、第二次世界大戦だった。

近代の歴史上では、世界恐慌は戦争でしかぬぐわれていないという歴史は、いかにも恐ろしく感じる。

 

プロフィール

VM Lab 辻井 良一

1983年セールスプロモーションの企画制作会社「株式会社アイベックス」を設立。プロモーション・プランナーとして、「売れる仕組みづくり」をキーワードに、さ まざまな企業の販促キャンペーン、市場導入プラン等に携わる。日本初のネットキャンペーン、キリンビバレッジ社「ネットでFIREキャンペーン」などを手がける。
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25年間プロモーションの最前線で、「売れる仕組みづくり」に携ってきた私、辻井良一(DG&Ibex創業者)が主宰する、「これからのマーケティング」を考えるラボです。
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