カラオケに行かなくなって・・・
とんと、カラオケに通わなくなって、もうかれこれ5年以上になる。
不思議なものだ。あの頃は3日と空けずにほぼ日参の状態だったのに、とんとご無沙汰になって久しい。何が、僕を、あのカラオケの陶酔から遠ざけたのだろうか・・・・。
思いあたることはいくつかある。ひとつは、歌う歌がなくなったことだ。
あの頃(2000年頃)僕は、アイベックスと言う会社をやっていて若いスタッフがたくさんいた。社内の部会や、クライアントやスタッフとの打ち上げ、様々な理由の集まりの席がある。食事の後は必ずといっていいほどカラオケに流れた。だがそんな中、スタッフもクライアントもだんだん若くなってきていた。
何しろ僕がカラオケで最初にマスターした曲と言えば「有楽町で会いましょう」だ(黒い花びらや、東京ラプソデーだって歌える!!)。その後、努力して、どんどん新曲?を取り入れたが、それでも僕の歌える曲は、「北の漁場」「みちのく一人旅」「じょうれんの滝」・・・結構無理しても陽水の「上海」、南こうせつの「夢一夜」・・・時代感をごまかす一手としては「花」とか・・・。つまり、場に合う曲がなくなってしまって歌えなくなったのが大きい。
それでもしっかり、オヤジ専用のカラオケスナックをなじみの店と決めて通っていた。グループサウンズの生き残りのオヤジが、生のギターで合わせてくれる貴重な店(赤坂のYAMA)が大好きで、雰囲気の合う相手の時は欠かさずに足を運んでいたのが2004年くらいまでかな?
それも行かなくなった。・・・のは何故だろう? 仕事での会食のありようが変わった。昔は6時のスタートが、その頃は7時になった。7時からゆっくり食べて飲んで~~10時を過ぎる。「もう一軒?」というのが極端に減った。11時には解散だ。
カラオケは気の合う仲間と時間を忘れて初めて楽しい。その機会が極端に減った。
とんと足が遠のいて早五年だ。
とは言え時折は誘われる時もある。 思い出して、恐る恐る昔の店をのぞくこともある(年に1~2度?)
何たることか!!まるで声が出ない。リズムに乗れない。音が外れる。つまり・・・早い話が・・・超”ヘタヘタ”なのだ。
もともと人並み以下の僕(何しろ小学校の音楽の先生に同情されて自宅で補修を受けた覚えがある)が、血のにじむような努力と研鑽で何とかしていたあの”カラオケ対応力”が、いまや地に落ちていて地に戻ってしまっている。これは参った。
いや、今日何となく書きたかったのはオンチの悩みの打ち分け話ではない。
人の生活のリズムの変化の不思議さ、面白さのことだ。
ほぼ毎日の勢いで通っていたカラオケが、週に一度、月に一度になり、年に一度になる。やがては何年かに一度の特別な経験になる。・・・・いや実際にはもっと劇的に、突然途絶えたりする。
日常の習慣が途絶える瞬間を、人は認識しない。・・・・ここが面白いと思っって書きたくなった。
あのカラオケに毎日のように通っていた勢いの、最後の日を、僕は覚えていない。
でもおそらく、詳細に振り返ってみれば、あの日が、あの勢いの最後の日と言うのがあるのだろう。
なじみのレストランやスナック、クラブなどにも同じことが言える。
友達付き合いや・・・ひいては男女の関係にも言えることかもしれない。
人は、日常の連続の最後の日を認識しないものなのだな~と、ふとそのことが面白く思えた。
(・・・・むむむ・・・【無益な話題】の代表のようなエントリーになってしまった。ついでだから、おまけも付けちゃおう。萩原健一と言う、人生に不器用な男がいたな~→ http://jp.youtube.com/watch?v=KmqNcPnCcn0


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