ROIの呪縛。
ROI(=return of investmen )投資対効果の概念が日本に入ってきたのは、ついついつい最近のことだ。
それまでの日本のマーケティングは、すべからく過去の(成功)体験をベースにした「予算主義」だったといっていい。
新商品を市場導入するにあたり、どう予算組みし、どうマーケティング費を使うかは、全て過去の成功体験を前提に組み立てられていた。
例えば新商品のガムを出す。目標売上が00円だから、(過去の例に基づけば)投入できるマーケティング予算は00円。それで上手く行けばさらに増やして上を狙う。ダメなら減らして縮小均衡を狙う。いよいよダメならプロマネを首にして次のヒットを狙うといった具合だ。売上と費用がバランスして回ることを前提に予算が組まれた。結果はやってみないと判らないのに。
つまり下手な鉄砲も数打ちゃ当たる。三つ出して二つダメでも一つ当たれば・・・・が、20世紀のマーケティングだった。
ROI主義は違う。最初から採算ラインを狙いに行くからダメもとの予算はゼロと同じだ。その代り、採算ラインを超える効果があるならマーケティング費は青天井と言うことだ。
一見極めて合理的だ。予算管理と媒体選択、コミュニケーションのテストランなど、今までの日本になかった概念が急速にコミュニケーション市場に浸透した。ネットマーケティングの業界はこの理屈に適合しやすかった。成功報酬型のアフィリエート価格体系などが急速に整備された。
アメリカンな発想だ。合理性を追求する。
四半期ごとの利益を追求していれば、必ず通期で利益が出る。CEOもCOOもそのためにガンバレ!その代り成功報酬は青天井だ。と言うルールと同源の発想だ。
この理屈が閉塞を生む。
ROI追求は結局一時の隙間探しにしか過ぎず、効くメディアは自ずと高くなりいつかコストパーを割る。或いは同じ穴のムジナが殺到してメディアを汚し、やがて効かなくなる。
創造性のない合理性が、次々に可能性を食いつぶして行くレースがROI至上の競争だ。
隙間を見つけ、人を出し抜いて、今だけ、自分だけが得をとって、だめになったら次に移ればいいと言う、不毛の競争だ。
この原則だけに付き合うのは・・・・正直疲れる。満たされない。達成感がない。


同感です。効率化と最適化の嵐。重箱の隅をつついては問題を見つけてソリューションする輩ばかりが幅を利かす世界。クリエーションしようという人が出てこない。日本の閉塞の根源のような気がします。。。とはいえ、今日、日本からネット革命を起こしそうな凄い30才に出会い、まんざらでもない、と嬉しくなった記念日でもありますが。
GNJさん!
その凄い30歳ってどんな方ですか!?
ブログで紹介してるかなと思ったんですが、見つからなくって。
どうもです。その人は、ベンチャー経営者で、ウェブ上に「次世代のビジネスのインフラ」を創るという構想をもっていて、従来の慣習的な営業スタイルや成果以外で評価される仕組みといったドロドロした土壌をひっくりかえすような革命をしたい、と。そのためのジョブマッチと検索の新しいテクノロジーを開発しておるそうです。って、企業秘密部分とかを特定されないように説明しようとすると、なんだか?な文章ですね。ま、とにかくむちゃくちゃ魅力的な人でしたっ。ベンチャー経営者は何よりそこが大事ですね。