モロッコの郷愁(2)
僕が初めてモロッコの地を踏んだのは20年ほど前のことだった。スペインのコスタデルソール海岸、マラガ、マルベーャの陽光にあこがれて訪ねた時に、それこそお子様的な衝動で、ジブラルタル海峡を越えてアフリカ大陸に踏み込んでみたくてたまらなくなり、スペイン側からタンジェの港にフェリーで渡り、あの(映画の題名で有名な)「カサブランカ」にたどり着いた思い出がある。
渡航に際して乗員名簿と言うのか、入国申請だったのか・・ ・・わからない書類を書かされた。その中に「あなたの父の名」と言う一行があって当時驚いた。死んでいてもいいから、父の名を賭けと言う。当時は父は生きていた。YOSHIYUKI TSUJII という。しがない仕立て職人だ、何が悪い!今書いて、お前らに何がわかる??
今はもう驚かない。
アラブ圏の諸国では、本人を特定するには父親の系譜が重要なのだと知っている。旧約聖書のあの部分につながる。”アブラハムの息子イブラハム?その息子ニホンハム、そのまた息子イトウハムは・・・・”と延々と数十代の記述つが続く。
”アダム、エホバのもとを離れいで、エデンの東なるノドの地にて住めり・・・・”こんなロマンチックな一節に惹かれて、ようし!旧約聖書を読んでやろう!と志す異教徒を一発で打ち砕く防波堤(眠たくさせる部分)だ。
あれ?!今夜は何を書こうとしているのか。
そうだ思い出した。先週僕はブログのカテゴリーを再編集した。(ヶッコー大変だった)何故やったかと言うと、このあと「旅行の思い出」を少しずつアップして行きたいと思ったからだ。
この25年ほど、僕は結構気ままにいろいろと旅を重ねさせてもらった。写真はあまりないが、それでも少しはある。思い出と気づきは山ほどある。
これからは時々旅の話を書かせてもらおうと思う。
さてモロッコだが、ここはすごい。僕は本当に大好きだ。サハラの砂漠には商人たちの思いの痕が染み込んでいる。
ベルベル人のこの青年には5000年の歴史が受け継がれている。(彼は超優秀なガイド兼商人で、バカな日本人旅行客TUJII何某の心と財布をつかみ、結構いい商売をした。でも恨んでなどはいない)
このカスバはアトラス山脈の南側、サハラ砂漠の入り口の町ワルザザードの街外れにある。今も普通の人が普通に暮らしている普通の住処だ。・・・・それが凄い。世界は広い。
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失礼します。
「ビジネスを強くするメッセージ」
ご笑覧下さい
http://www4.ocn.ne.jp/~kokoro/
安達さん
拝読しました。示唆に富む言葉をたくさんいただきました。ありがとうございます。
時に、足立さんのこのサイトはご趣味ですか?ご商売の延長線なんですか?よく分からなくってごめんなさい。