美しい日本語。
昨夜、この一本前のエントリーを上げた後、YouTube・無料演歌の旅(?)に出かけた。
昨日は、なんと無く夜中の高揚と言うか・・・かなりノスタルジックになっていて、古いほうへ古いほうへと興味が向かった。
ちなみに旅の順序を上げれば・・・>北帰行>荒城の月>惜別の歌と言った順番だ。(ひゃ~!オヤジくさい!!と笑われるが・・・)
小林旭のひねくり回しすぎの歌い方は、ううん、ちょっとどうかと思うのだが・・・このあたりの歌はいずれも「歌詞」が超一級の日本語だ。ちなみに、荒城の月は滝廉太郎、滝廉太郎は「春のうららの・・・」の隅田川や箱根の山などでも名高い。
江戸時代を通じて、日本語は磨きに磨かれた。
茶や俳句の詫び寂もそうだし、庶民の間の雑文も、川柳地口の類も。また、文化人の間では、漢文の読み下し力や構文力が、知性見識のバロメーターとされ、官用の文書にも格調高い美文が用いられていた。
明治が来る。西欧の文明と文化が入ってくる。英仏独のさまざまな文学や詩が入ってくる。
明治の文人たちは、それらをことごとく、美しい日本語に訳して、新しい文体を作り上げた。
その時代の格調高い日本語が大好きだ。
それらは今、多く、古い歌の歌詞などに残っていて、時に触れてオヤジを楽しませてくれる。
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