日本語の未来。
言葉は変わる。そうじゃないと僕らは今ころ、弥生か飛鳥か平安の言葉でコミュニケーションしていないといけないことになる。それは有り得ないだろう。
ただ、この”全然”=否定語の時にだけで、肯定の時に付けるのは誤り。の議論は、もう数十年も前から言われてきているのだけれど、ここには、素人の僕にもわかる用法拡大の自然なロジックがあって、誰にでもわかるごく自然な流れなのに余り論じられていないから閑に任せて自論を展開しちゃおう。
つまりこうだ。
受験勉強大丈夫?→全然ダメ!=否定形だから正解の用法。
怪我は大丈夫? →全然平気!=肯定の用法だから間違い?なのだが・・・これは恐らく、途中の省略の用法だ。
つまり、言いたかったのは、「全然→(痛くなくってもう)平気!」
同じく、「全然→(反対じゃなくって)賛成」と、問いかける側の意識の底にあるものに対して、否定をして、肯定的に答えるところから、拡大用法が始まっている。
あのお店おいしかった?→「全然(不味くなくって)サイコー!」
英語の、Why dont you・・・・・? などの、心理的背景に関する用法に通じるものがあると思う。
子どものころに耳にした、大人達の会話を思い出す。
「お晩でございます~」
(※実は僕はず~っと”お晩でございます”は”こんばんは”の丁寧語だと信じていて、標準語に、こんばんはの丁寧語Vrjが無いのを知ってうろたえた)
「いいんや、今日はしばれたね」
「まず、あがんなさいってば」
「じゃ、失礼すっか」 「さっさ、まずまず」
「あら、奥さんはんかくさいね! そんなとこさ座ってたらあずましくないっしょや」
「いいんや、そんことないって」
「いいや、ここに来て早く、手ばあぶりなさいって」
「いいや いいからって」 「あんら、めんこくないね・・・」
もう忘れかけている、故郷の言葉と少年時代のご近所づきあいの原風景だ。
言葉に、温度と距離感のメーターがついていたように感じる。
今は、対面で話していてもそれが薄れていてちょっと怖いと感じる時がある。
ましてや、メールの文章は・・・危ない。
だから僕は、時々年甲斐も無く、「!!」とか「~~」とか、(笑)とか、
絵文字系で「悪意は毛頭ございません」の意思表示に勤めている。みんなそうだろうが・・・・。
言葉は変化する。時代に合わせて猛烈に変化する。
言語学者は、むしろそのことを楽しんで、文化の変遷との関連を紐解いてくれて初めてあたいがある。
日本語の乱れ!などと、過去の知識だけに拘って言っている方の社会認識、いや歴史認識が疑われる。
とは言え僕自身は、自分が生きている間は、自分自身が正しいと学んだ日本語をできる限り正しく使える一人でありたいと思ってはいるのだが・・・。
僕は結構「言葉」が好きだ。
(ボク日本語全然大好きっす)
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