新聞の顔付きの変貌。
新聞の顔が変わった。
この19日・土曜日、久々に広げて眺めた読売新聞。しばらく前から当然気づいていたことだが、広告の様子が一昔前とは全くと言ってよいほどに変わっているのに改めて愕然とする。
クルマの広告がひとつも無い。ファッションも無い、ビールも無い、食品も無い、家電も無い。住宅も無い。化粧品も無い。
目を楽しませてくれるような美しい広告や、きづきを誘発するようなクリエイティビティーに満ちた広告が一つだに無い。
あるのは、ちらしよりもさらにちらし的な通販の広告ばかりだ。
僕らが「広告では売れない時代になった」と書いて、人々が首をひねったのはほんの数年前のことだった。今日のこの状況を予想しての発言ではあったのだけれど・・・・今日、この新聞の紙面をつくづく眺めて、恐ろしいほどの事実の追随に驚くばかりだ。
ROI(Retern of Investment)が言われて久しい。Net上の広告や通販など、広告出稿の目的がはっきりしている世界では、この数値を基準に媒体選択や表現手法がブラッシュアップされて行く。極めて合理的、かつ科学的だが・・・・。
ROIは、新たな活路は生み出さない。
”PR First Advertising Second ”のアル・ライズは言う。
「売るための広告の役割は終わった」「だから、広告はARTに昇華しろ」と。正しいと思う。
Brandが人に伝えるべきメッセージは「Buy Me」のみではないはずだ。
AIDMAの成功体験に縛られて、売れない広告で”Buy Me”を唱え続ける愚からようやく卒業したら、今度はROIの呪縛に囚われて、メッセージ無き、刈り取り効率合戦に走る。
かつて新聞紙面を埋め尽くしていた、華やかな広告の予算は今どこを旅しているのだろうか。より確実な、流通協力費に回っているのか、刈り取り効果の読めるエリアプロモーションに転化しているのか、はたまたNetかチラシか、値引きか、人的支援か・・・。
ROIのUPを求めて、予算を按分するだけの、この道の先にも本物の支持者は現れてこない。
日本の広告コミュニケーションは、いびつな姿で次を模索しているように思う。
あるべき姿は・・・Brandの真のメッセージの確立と、そのオーガニックな浸透のためのコミュニケーションミックス≒進んだ形でのIMCの再構築だ。
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