2008年7月アーカイブ

グラミン銀行の快挙に改めての感銘。

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2006年10月、ノーベル平和賞はユヌス総裁率いるバングラディッシュ・グラミン銀行を授賞対象に選んだ。

1976年以来、戦う経済学者ユヌス氏が、バングラディッシュの富の集中と、搾取の構造に立ち向かって、この国に本当に必要な”金融”を、銀行事業ととして立ち上げたのだ。

特に農村部の女性層を対象としたという、一部資本家への富の集中が一層の搾取を構造化している。貧困層は、働けど働けど決して豊かになれない構造の中にいた。氏はグラミン銀行を立ち上げ、彼女達に、自立する為の事業資金を、数ドルから数十ドルと言う極小単位で、無担保で貸し付けた(マイクロクレジット)。合わせて、自立に向かう意欲とその方法を啓発した。

彼女達は裏切らずに、見事に期待にこたえた。当初心配された不良債権化率は、どこぞの国のメガバンク等とは比べ物にならないほど低いものだったのだ。

この事業を、施しではなく、救済でもなく、銀行事業として立ち上げ成功に導いたところに、ユヌス氏の志の深さが伺える。

ノーベル平和賞に値する所以だ。

事業の志し。自社のドメイン上での活動で、社会に寄与する事業。CSRとソサイアタルの原点がここに凝縮している。

今、そのテーマに付いて考えれば考えるほど、氏の事業は志に富んでいると思われてならない。

宇宙人・・・いる、いないの議論。

アメリカの著名な宇宙飛行士、ミッチェル氏が宇宙人の存在に言及して物議を醸している。聞くところによると、彼の発言の内容はこうだ。

①アメリカ政府は、自身が持っている幾多の宇宙人関連情報に関して、あきらかに隠蔽している。

②その内のいくつかに付いて、我々は詳しい説明を受けたことがある。

ただそれだけなのだが・・・・。

宇宙人は、果たしているのかいないのか・・・・僕の思いは数十年来変わっていない。

時折噂になるUFOの写真や、宇宙人との接触談のひとつひとつは??が多い。でも、だが、しかし・・・・。

この限りなく広い宇宙に、我々以上に進化した生命体がいないと決め付ける根拠は、いるかも知れないとするよりも説得性に欠けるだろう。・・・・つまり、いても何の不思議も無い。と言うのが僕の思いだ。

そう言えば”ライトスタッフ”・・・いい映画だったな。アメリカ人が作った映画としては最高の部類だ。余りにも好きで、当時のパイオニアのレーザーディスクで買い込んで・・・あ~バカを見た。いやこれはまた、別な話だ。

宇宙人って・・・多分、いるんじゃないのかな~~。僕の存命中には巡り合えないだろうけれど・・・・。

 彼らから見て、今の僕ら(地球人の日常)は、一体どんな風に見えるんだろう。

美しい日本語。

昨夜、この一本前のエントリーを上げた後、YouTube・無料演歌の旅(?)に出かけた。

昨日は、なんと無く夜中の高揚と言うか・・・かなりノスタルジックになっていて、古いほうへ古いほうへと興味が向かった。

ちなみに旅の順序を上げれば・・・>北帰行>荒城の月>惜別の歌と言った順番だ。(ひゃ~!オヤジくさい!!と笑われるが・・・)

小林旭のひねくり回しすぎの歌い方は、ううん、ちょっとどうかと思うのだが・・・このあたりの歌はいずれも「歌詞」が超一級の日本語だ。ちなみに、荒城の月は滝廉太郎、滝廉太郎は「春のうららの・・・」の隅田川や箱根の山などでも名高い。

江戸時代を通じて、日本語は磨きに磨かれた。

茶や俳句の詫び寂もそうだし、庶民の間の雑文も、川柳地口の類も。また、文化人の間では、漢文の読み下し力や構文力が、知性見識のバロメーターとされ、官用の文書にも格調高い美文が用いられていた。

明治が来る。西欧の文明と文化が入ってくる。英仏独のさまざまな文学や詩が入ってくる。

明治の文人たちは、それらをことごとく、美しい日本語に訳して、新しい文体を作り上げた。

その時代の格調高い日本語が大好きだ。

それらは今、多く、古い歌の歌詞などに残っていて、時に触れてオヤジを楽しませてくれる。

You Tube 演歌の旅の終着駅。

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フォーククルセイダーズ:イムジン河「加藤登紀子:よいとまけの歌」「谷村新司:昴」「ガロ:学生街の喫茶店」「イルカ:名残り雪」「中島みゆき:迷い道」「五輪真弓:恋人よ」「山本リンダ:もうどうにも止まらない」「ピンクレディー:UFO」「キャンディーズ:もうすぐ春ですね」「山口百恵:プレイバック」「小林旭:北帰行」「加山雄三:君と何時までも」・・・まだまだまだまだあるが切りが無い。

いずれも、僕が夜中の徒然にYouTubeで音楽(演歌)を聞くことを覚え、たった一個、PCのデスクトップにおいてある「美空ひばりの川の流れのように」へのショートカットから入った夜の、終着駅の違いだ。

以前に「地球は丸い」と書いた。自分は一本路を真っ直ぐに歩いているつもりでも、限りなく直線に近い曲線は、あらぬ方向に自分を誘う時があると。

YouTube然り。一曲聞くとその前後に何かつながりの有りそうな局がずらりと出てくる。そのうちの一曲をクリックするとさらに・・・クリックするとさらに・・・。気がつけば、最初のスタートは相当に違うところに来ていることも多い。(が、さすがに美空ひばりからHIP-HOPに至ったことはまだ無い)

AMAZON然り。Netの世界はこれが極めて分かりやすい。

関連性、関係性。世界はスモールワールドなのだと僕の相棒は言う。

人間誰でも、6人の人を介すれば、地球上の誰にでも繋がると。(6次の原則=100の6乗を計算してみれば、地球の人口よりも多くなるから、納得が行く。僕の知り合いの知り合いがアルカイダと言ったおバカな大臣がいた)

さ~て、今夜は何処へたどり着こうか。

日本語の未来。

 今日の日経「春秋」欄。~言葉は生きているのだから、用法の変遷は受容すべきだ~、の論調には全く賛同!!(ゼンゼンサンセー!?)・・・春秋は筆者が変わって、少しテーマを捉える角度の格調が落ちたような気もしているが・・・今日の論陣には大賛成だ!!

言葉は変わる。そうじゃないと僕らは今ころ、弥生か飛鳥か平安の言葉でコミュニケーションしていないといけないことになる。それは有り得ないだろう。

ただ、この”全然”=否定語の時にだけで、肯定の時に付けるのは誤り。の議論は、もう数十年も前から言われてきているのだけれど、ここには、素人の僕にもわかる用法拡大の自然なロジックがあって、誰にでもわかるごく自然な流れなのに余り論じられていないから閑に任せて自論を展開しちゃおう。

つまりこうだ。

受験勉強大丈夫?→全然ダメ!=否定形だから正解の用法。

怪我は大丈夫? →全然平気!=肯定の用法だから間違い?なのだが・・・これは恐らく、途中の省略の用法だ。

つまり、言いたかったのは、「全然→(痛くなくってもう)平気!」 

同じく、「全然→(反対じゃなくって)賛成」と、問いかける側の意識の底にあるものに対して、否定をして、肯定的に答えるところから、拡大用法が始まっている。

あのお店おいしかった?→「全然(不味くなくって)サイコー!」

英語の、Why dont you・・・・・? などの、心理的背景に関する用法に通じるものがあると思う。

6ポケット。

中国が一人っ子政策を始めたのは1979年だから、じき30年になる。

ひとりっ子として生まれた男女が結婚し、ひとりっ子を産むとどうなるか・・・・と言うと、一人の子どもに6っつのお財布と言うことになる。

子ども一人に親二人。その二人の親に二人づつの親、計6人が、たった一人の子ども(孫)に愛情を注ぎ込むわけだ。

この逆ピラミッドは、冷静に考えるとかなりかなりな事だと思う。

中国の「小皇帝」と呼ばれる世代のこれからが空恐ろしく感じる。事実、先般の旅行で、親や祖父母を翻弄する小皇帝の威力をこの眼でまじまじと見た。

そこまでは行かないまでも、今日の日本の少子化はこれに通じるものがある。

転じて印象的なのが東ティモールだった。この国はつい数年前人口は3~40万人だった。昨年の統計で100万人を超えた。今はおそらく110万人を超えているだろう。

この国では今、一人の女性が平均7~8人の子どもを産んでいる。

国民の50%以上が18歳未満の若者だと言う。もう数年でその数値はもっと上がるだろうと感じた。

子どもに注がれる親の”愛”は、割り算で算出できるものではないだろうが・・・算出できる部分もあるに違いない。

どちらが良いのかを論じるのは今度にしよう。

ちなみに、明治の始めの日本の人口は、江戸時代を通じてずうと3~4000万人だったようだ。今は?1億?千万人?思いきって、いっそもっと小さくまとまってみるのも、悪くないのかも知れない。

イヤやはり、次代をになう子ども達は多い方がいいのかも知れない。

分からない。

成熟志向か、拡大志向かの判断の分岐点だろう。

世の中に、金と女は仇なり。

男性なら何とな~~~く、腑に落ちるこの言葉。

実は、温厚で実直で僕とは似ても似つかない、僕の親父の”遺言”だ。

 

その言葉を聞いたたのは僕が17歳の時。 

当時オヤジと二人暮らしだった僕が、学業をおろそかにするほどの”初恋”にのめり込んでいた時に・・・ポロリと聞いた。きっとさぞかし、オヤジの目に余ったのだろう。

「えええ? 仇って?」と聞き返した僕に、「仇って言うのは、憎らしいだろう。 憎らしいから追いかけてしまうものなんだよな・・・金と女とは」と。

ががが~んと来た。

さらに続いた。「自分からそんなに追いかけなくても、自分が素敵になれば、向こうからやってくるのも金と女なんだそうだよ」と。 それ以上は何も言わなかった。

無口で優しく謹厳で勤勉で実直で努力屋の・・・仙人のようなオヤジだったが・・・早くに妻(僕の実母)を失い、後添えともあまり幸せではなく、金と女には生涯恵まれない男だった父親の、この言葉だけは40年忘れられない。

忠告に従って、全うに生きられたかどうかは???だが、心には刻まれている。 

女が男の”仇”と言うのは17歳の時に、実によくわかった。”金も仇”だと知ったのは、もう少し後のことだ。

結局・・・オヤジは、”仇”に恵まれずに78年の生涯を送った。

「あんなにいい人なのに・・・きっと前世で、ソートー悪いことをしてきてたのかもね!」と、 葬式の時に仲良しのみんなでそんな話で盛り上がった。

にっこりと笑っているオヤジの写真を見ていたら、急に思い出してしまった。

計算違いか?北京五輪。

うううん、どうも今ひとつ盛り上がりに欠けると言わざるを得ない北京オリンピック。

聖火リレースタート前後のチベット事件はさすがにインパクト大きく、中国政府のその後の姿勢を決定付けてしまった。

つまり、徹底管理による、絶対無事故のために、あらゆる施策が用意された。

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聖火リレーの沿道一帯を立ち入り禁止にし、特別動員の応援要員を配置して・・・と言うやり方では、さすがに開催国中国のお膝元からも、非難の声が上がるのは当然だろう。

事実、市民レベルで相当の批判が起きており、さしものコキントー氏も、”対話路線”を装ってまで、火消しに懸命と報じられている。

オリンピックスポンサーの会社の方から聞いて驚いたが、大会期間中の会場警備対策もいささか常軌を超えている様子だ。

観光バスすらも会場施設に横付けはできない。はるか離れた場所で降ろされ、そこからは専用の地下鉄?下車後も徒歩徒歩でようやく会場とのこと。炎天下、ペットボトルの水などの持ち込みも一切禁止の厳戒態勢。お年寄りなどのことを考えると心配で・・・と言う。そんな話を聞いただけで、行きたい気持ちも半減してしまう。

今日はまた、中国で事業展開する会社の役員会に出席して聞いた。結局、北京に五輪特需は起きなかったと。

彼らが普段300元(≒5000円?)で泊まっていた普通のビジネスホテルが、一時1000元を超える値付けけになったと言うが、今日この頃は500元がいいところ、さらに安くも可能の感じと。

東ティモールの、その子はこの子!

ネピア「千のトイレプロジェクトチーム」のブログが面白い。一緒に行った仲間が書いているから、あのシーンこのシーンと次々に思い出して、さまざまな思いがめぐる。やはりあの4月の渡航は実に濃い1週間だった。

チームリーダー今さんのブログがいい味出してる。高瀬さんもいよいよ本領発揮でプライベート感とお仕事感の間合いが絶妙だ!!齋藤さんは思いがけずに(ゴメン!)渋くて深くて・・・うううん、いいオトコだ!無口なのに文才は豊かだ!!

さてその今さんのブログにある、カメラを向けたら着替えてきたと言う可愛い子は・・・この子? 僕の持っている写真は着替える前のピュアな笑顔だ!! 

 

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この村の子ども達は、どの子もみんな可愛かった。

親兄弟や、村の大人達との距離のなさと言うか・・・全くの一体感に、不思議な気持ちになったことを覚えている。これが「共同体」の」本当の姿なんだと。

その思いは、次々に色々な村や学校を訪ねる度に強くなっって行った。

「明日、ヘンな日本人達が来るぞ。ユニセフとNGOのみんなも来る。さあ準備だお迎えだ」と、村長も校長先生も忙しい。村の大人達もそれぞれの準備をする・・・子ども達も、何となくソワソワだ。そして、僕らが迎え入れられて、あの笑顔に接した訳だ。

思い出す、僕自身の少年時代(三丁目の夕日のまだ前だ!)。原っぱで遊んだ。兄貴分がいた。おやじたちとおばさん達がいた。おじいちゃんと、おばーちゃんたちがいた。近所の大人たちに平気で叱り飛ばされ、時には殴られていた。町の世話役がいて、腕白坊主もいた。先生も医者も駄菓子屋のオヤジもお巡りさんも・・・町はひとつだった。

 

原丈人と言う偉才。

原丈人(ハラジョウジ)と言う人がいる。と、先週さる人から聞いた。

またまた不勉強で知らなかった。

知らなかったが「彼の話したこと」と言う話を、10分聞いて腹に落ちた。つまり、資本主義経済は破滅に向かっていると。

株式会社が株主の為のものだと言う、一見至極当たりまえの資本主義の理屈が、そのまま走り抜けるとこうなる。

ベルリンの壁が崩壊して、資本主義の対抗勢力が消えてしまった時に、戒めを解かれた資本主義の尖兵≒投機マネーが暴走し、やがてエネルギーと食料にまで及んで、人間社会の根源を脅かすような今日の状態に至ることを、彼は10年前に書物で解き明かしていたのだと。

ゴールを知らない資本の暴走は、専制君主の暴走にも勝る悪となることを。 

新たな価値は何一つ生まないマネーだけが、世界を食い荒らしてさらに巨大なマネーとして増殖している。 社会に対して善なる価値を生むのは産業であって、デリバティブなマネーなどではない。価値を生まず、社会に責任を持たないマネーが巨大化してさらに次の獲物を狙っている。さしずめ、ヤマタノオロチの様相だ。

今や世界には、新しいルールが必要とされている・・・。日々のNewsを見る度に、そのことを実感せざるを得ない。

凡才の僕ですら、今日の有り様には首を傾げる。資本主義(マネー経済)はどこへ行くのかと。何の為のどんなゲームを僕らは命がけでやっているのかと。

マルクス共産主義は崩壊した・・・いや、崩壊したのはレーニン・ソビエト主義であって、共産の理念は別な物だったのかも知れない。

専制国家から民主主義へ、帝国主義から自由経済へ。理屈はいつも正しく聞こえるが、結果はさらに悪くなる部分が多い。

資本主義の競争にゴールは無い。はるかな夢はシェア100%の絶対市場だろうが、リアルの壁はやはりそれを阻む。阻まれるから、リアルの経済競争は、そこそこのゴールを自ずと見つけるのかも知れない。

しかし、今日のマネー経済にはゴールが無い。それが破滅への突進を意味する。

人間の、本当の知恵を信じたい。正しいゴールを共有する力を信じたい。

さもなくば・・・・全能の神の裁きを信じたい。

東ティモールの目力(2)

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僕らの手作りCSR「ネピア千のトイレプロジェクト」。

7月1日のスタート以来、プロジェクトチームブログも始まって賑わって来たのでしばらく書かずにいたけれど、視察訪問時の写真を見ていたら、また急に書きたくなった。

以前に「東ティモールの目力」と題して、子ども達の美しい目の写真を紹介した。

実はあの国で美しかったのは、子ども達の目だけではなかった。

大人たちの目も本当に美しく力があった。

アジアはよく旅をした。怪しげな繁華街にも、山奥の村々にも踏み込んだ。でも、こんなに美しく深い目を見た記憶は余り無い。

カメラに気づこうが気づくまいが、彼らの目は変わらない。今自分が見ているものを、ただひたすらじっと見据えているのだ。

目は心の鏡だと言う。

 

この国は穢れの無い、美しいままの人の心を残した国だ。産業が無い、経済が無い、貧富の差が無い・・・今は、何も無い。だが地下には鉱物が眠る、豊富な油田もある。この国を応援する国連も本気だし、オーストラリア、日本、中国、ポルトガルの支援も多い。

この国は豊かに変貌することが、半ば約束されていると信じる。

人々の目は・・・美しいままであって欲しい。

グレグ ノーマン53歳のTHE OPEN

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全英オープンは”THE OPEN”と言うんですね。これこそが唯一本物のOPENだと・・・。ウィンブルドンの格式もそうだけれど、この英国の誇りにはただただもう感服するのみで、文句を言う気も失せてしまうのは、僕だけ?

イヤイヤ、今日の本題はそれじゃない。

グレグノーマン、53歳の単独首位だ。荒天の3日目を乗り越えて、2位に2打差のTOPは凄い。 

伊達公子も偉いし、キング・カズも偉い。二人を並べてCMに起用している”ヴァンテリン”もかなり偉い!!と思っていたが・・・今回のノーマンの偉さはそれどころじゃない。

昨夜は、絶対見てやるつもりでTVの前にワインとつまみを持って陣取ったが、不覚にもちと横になったのが悪くて、気がつけば空が明るくなってしまっていた。それでも、ノーマンが本気で悔しがり、また真剣に挑んで持ち直す姿をおぼろげに脳裏に刻めた。終わってみれば、他の選手達の崩れの方が大きく、彼が首位だった。

この3日目の彼の心境はどんなだったのだろう・・・ボギー、ダブルボギーと叩くうちに、やっぱり、この全英で53歳の自分が優勝するわけは無いよなと、自分の心と相談しなかったのだろうか。

したのかもし知れない。それでもやるところまでやろうと?・・・。 しなかったのかも知れない。ゴルフとはこういう競技で、俺はノーマンだと?・・・。 イヤ、そんなことは何一つ考えずに、ただただコースと風に挑んだのかも知れない。・・・聞いてみたい。

今日は頑張って観戦するぞ!!

歳を刻んで現場で生きる。何のハンディーも無しに、同じゲームを互角以上に戦う。中年の・・・イヤ、初老の我等の星になってくれ~~~。

今夜が最終日だ。 できることならこのまま優勝を。無理でもトップ3に。いやさすがに、最終日にはどっと崩れても致し方ないが、ぜひともいい笑顔でインタビューに答えて欲しい。新しい奥さんもと言うことだし。

新聞の顔付きの変貌。

新聞の顔が変わった。

この19日・土曜日、久々に広げて眺めた読売新聞。しばらく前から当然気づいていたことだが、広告の様子が一昔前とは全くと言ってよいほどに変わっているのに改めて愕然とする。

クルマの広告がひとつも無い。ファッションも無い、ビールも無い、食品も無い、家電も無い。住宅も無い。化粧品も無い。

目を楽しませてくれるような美しい広告や、きづきを誘発するようなクリエイティビティーに満ちた広告が一つだに無い。

あるのは、ちらしよりもさらにちらし的な通販の広告ばかりだ。

僕らが「広告では売れない時代になった」と書いて、人々が首をひねったのはほんの数年前のことだった。今日のこの状況を予想しての発言ではあったのだけれど・・・・今日、この新聞の紙面をつくづく眺めて、恐ろしいほどの事実の追随に驚くばかりだ。

ROI(Retern of Investment)が言われて久しい。Net上の広告や通販など、広告出稿の目的がはっきりしている世界では、この数値を基準に媒体選択や表現手法がブラッシュアップされて行く。極めて合理的、かつ科学的だが・・・・。

ROIは、新たな活路は生み出さない。

夏が来た!!!

 

 
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うっとうしい梅雨ももう終わり?

温暖化も手伝って、すっかり亜熱帯地域と化した東京に夏が来る。

7月20日が海の日?例年梅雨が明けるか開けないか、よりによって微妙な日を夏のスタート日と決めたものだと思うが、今年の関東は19日から晴れた。

夏は大好きだ。

クーラーはいらない。

汗ばんで、じりじりこんがり焼けるのが好きだ。冷えた白ワインがあればさらにいい。オイルサーディンと冷静トマトとかがあれば上等だ。うまいパスタがあれば、もう極楽だ。

だが今年の夏は、僕の25年の仕事歴でちょっとだけ違う夏だ。いつもなら、仕事はチャッチャと片付けてどこかへ飛んで行ってる時なのだけれど、今年は居残りかな~? この夏のうちに、やってしまわなければいけない宿題が山積みだ。

ま、東京の夏、25年ぶりも悪くないか! と、負け惜しみかな~~?

 

足ツボの快感!

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無茶苦茶に面白い話を、たくさん聞かせていただいた赤坂での食事の後で、吸い寄せられるようにフラリと「足ツボマッサージ」のお店に入った。

気持ちよかった! イヤ痛かった!! 仰け反るくらい痛かった・・・けど、気持ちよかった。でも痛かった~~~。

足の裏のツボとは、本当に不思議なものだ。死ぬほど痛い日もあるし、平気な時もある。やはり体調のバロメーターか?

「うううう、そこはドコ?」「痛い?ここ、ジンゾー」。  「うぐぐぐぐ・・・それどこ?」「ここ?カンゾー」 「ウヒャヒャヒャヒャ・・・そこは?」「アハ、ここアタマね」・・・・そうか~頭がやられていたか。。。

45分間、痛めつけられて終わった後、すーっと眠りに入ってしまった。5分?10分?いや30分にも思えるくらい、至極の時間だった。目が覚めたときどこにいるのか分からなかった自分に失笑。

マッサージは足ツボに限ると、ここ数年思っている、お疲れ気味の初老おとこ。

琴欧州2敗・・・ああ!綱は遠い。

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あれ?  何だか知らないうちに名古屋場所が始まっていた。

何となくそんな予感はしていたのだけれど、琴欧州が早くも二敗で綱とり絶望だ。まあ、えてしてそんなものだ。

だから、あの魁皇も千代大海も万年カド番大関のまま終わる(それでも天才なのだが・・・)

昨今の大関への昇進基準は、三場所通算で33~36勝(≒毎場所11~12勝)以上。三役で11勝以上を3連続と言うのは。これは地力の判断基準としてかなり正しいと思う。

さて、横綱になるには?と言うと、大関で「二場所連続優勝」又はそれに準じる記録(この”順ずる”が曲者の表記なのだが・・・)と定められている。

このハードルは凄い! 

二場所連続で優勝する・・・・と言うことは・・・相撲界で一番強いやつと言うことだ。大関のうちに、実力で先輩横綱を凌いだら、横綱にしてやると言うことだ。

??とも思うが、実は「横綱」と言うタイトルの歴史を知れば納得の行く気もする。

相撲の上位陣は「三役」と言うが、これはもともと、小結・関脇・大関の三役。 「横綱」と言うのは、そのまた上なのだが「位」ではなく、一種の名誉的称号のようなものが始まりだった。だから、今でも、大関に陥落ルールはあるが、横綱には無い。

琴欧州は、どう控えめに見ても・・・相撲界で一番強いやつには・・・まだ、見えない。

着信御礼!「ケイタイ大喜利」土曜深夜NHK。

NHKに、着信御礼「ケイタイ大喜利」と言うテレビ番組がある(そうだ)。

NHKが、若者の視聴率向上を期して、番組開発に取り組んだ。この任に当たった横大路氏は、かねてから暖めていたテーマ、”放送と通信の融合”と、”視聴者参加”などのテーマを掘り下げて、落語の大喜利をヒントにこの番組をたちあげたと言う。

テレビで「お題」を出し、上の句に下の句をつなげるように、視聴者が「答え」をケイタイメールで送信する。秀逸な作品が選ばれて、番組で紹介される。

視聴者参加の域は超えていて、視聴者と一体の・・・いや、視聴者が作るライブ番組だ。

不勉強な僕は、そのご本人横大路氏からこの話しを聞くまで、とんと番組の存在すら知らずにいたが、話を聞いていてゾクゾクしてきた。

便利な時代だ。Netを叩けば番組のサイトが見られる。2005年1月5日の第一回の優秀作を見るだけで、この企画の成功が分かる。1時間足らずで100万件のアクセスが殺到したらしい。

まだ続いている。次の放送予定は今週の土曜19日の深夜12時過ぎだ。これは見逃せない。

千のトイレ、ハートのブログパーツ。

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ネピア千のトイレプロジェクトの、ブログのコーナーに行くと、可愛い”ハートのブログパーツ”がある。

このパーツをクリックすると、ハートの花びらがひらひらと舞って、同じパーツを貼ってくれている仲間のブログに飛んで行ける。僕もリテラシーの低さを仲間に助けてもらって、やっと先週から「ハートのパーツ仲間」になった。(ブログの右下に張ってあります)

僕らはこのプロジェクトを仲間内でこっそり「翼の無いプロジェクト」と呼んでいる。

その心は・・・つまり、予算が少なくて広告が打てないから。中身はずっしり重たいのだけれど、飛び立つ翼が無い。雷鳥みたいな体系のプロジェクトだ。(雷鳥に失礼)

みんな思いをこめて一生懸命やっているのだけれど、テレビも無いし、新聞も雑誌の広告もほとんど無い。話題が広がるには、店頭などで気づいてくれた人がブログやクチコミで伝えてくれる自然増殖を待つしかない。

今年だけやって、上手くいけばいいやと言うタイプの仕事ではないから、それでもいいのだけれどやっぱり少しじれったい。ア~もう少しだけ予算があって、CMとか流せればな~~と、無いものねだりは止めよう。これでも充分に回りの支持はいただけている。ありがたいことだ。

おおお!また今さんがプロジェクトブログにイラスト描いたぞ(訂正:先日の美大卒?情報はどうも誤りのようです)

高瀬さんも、斉藤さんも書いてるぞ。読まなくっちゃ!

 

青木さやかが出てこない。

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柳本JAPANの全日本女子バレーの控えに、僕の大好きな”青木さやか”こと「櫻井由香」がいる(少し似てないですか?→)

大好きなのに、連日の試合ではピンチサーバーくらいで、なかなか出る幕が無い。それもそのはず、正リベロの佐野優子が、”日本建国以来の名リベロ”と言われるくらいにすごいのだから、これはしょうがない。

それにつけても、今年に入ってからの女子バレーは本当にいいチームに仕上がってきていると思う。杉山と荒木エリカのセンターも早くなったし、ブロックもかなり出るようになった。

エース栗原は自覚を持って安定感が増した。あの大山メグと二人並べて”若手”ともてはやされていた時とは、もう全くの別人格だ。バックアタックも栗原はもちろん、木村サオリンと、大村も決める。選択できる武器の幅が一気に広がった。

何と言っても、別格にすばらしいのはSHINこと高橋と、セッターで主将の竹下だが、それにしてもこのチーム・・・本当に大好きだ。(と、気がつけばほぼ全員好きなのがばれてしまった)

今回のワールドグランプリを見ていても分かるが、今、世界のTOP10はみな紙一重の差で並んでいる。勝ち負けは、相性とその日の流れだ。キューバ戦も中国戦も、アメリカ戦も、みんな惜しかった。今日のブラジルにも結構頑張ったぞ。

北京では先ず予選リーグを4位以内通過。これもなかなか厳しいと思うが、取りこぼしさえなければ大丈夫だろう。決勝リーグのBEST8に残ってしまえば、後は運を天に任せての戦いだ。一回勝てばBEST4、負けて三位決定戦。つまりもう一回勝てばメダルだ!!!

柳本昇一、名監督。前にも書いたけれど、彼はこの北京で引退かな~。協会に残って、理事になって会長になって、日本のバレー界を変えてくれ!!

iPhone発売に、楽しそうな徹夜の行列!

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今しがたNews ZEROが、原宿のSoft Bank Shop の様子を中継していた。実にそれらしい人たちが、楽しそうに行列していた。これはもう一種のイベントだろう。(今夜が雨じゃなかったのも、iPhoneとSBの強運の証か?)

孫正義はやはり事業家として一級だな~。あの、しょうもなくみえたボーダホン買収の決断から、矢継ぎ早のPromotion投入。僕が見てさらにスゴイと思うのは、それを機とした”Soft Bank”自体のB2Cブランディングの速さと上手さだ。SBは一年前とは全く違う印象の会社になった。と、思う。

 

iPhoneにはまだまだ、日本のケイタイとしては足りない機能もあり問題も残るようだけれど、やはり異質の存在感と完成度は突出していて、一種の美学と世界観がある。まさに”Brand”だ。

今のSoft Bankの側から見て、真っ先にiPhoneを扱って失うものは何ひとつ無い。

apple社の選択も正しい。聞くところではDocomo社も相当に頑張って扱いを争ったとか。

しかしやはり・・・ここはSoft Bankだろう。スタートがDocomoではiPhoneが埋没してしまう。

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DocomoはiPhoneを取りそこなった対応策として、BlackBerry社のスマートフォン導入を発表した。若者向けの対応策だというが、こちらはむしろビジネスツールの路線だ。欧米ではかなりの普及度だが、はて、日本ではどうなるだろうか。

ネピア 千のトイレプロジェクトで学んだこと。

いくつになっても仕事は勉強だ。いや、勉強になるような仕事をさせていただいていて感謝の限りだ。

今回の「nepia 千のトイレプロジェクト」が、僕に教えてくれたことは数多く、とても数え切れないのだが、今回のパートナーであるunicefが、実に充実した本物の機関で、着実な成果を積み上げる構造になっていることに関しては、前回も書かせていただいた

東ティモールを訪れた際に、現地の小学校で「うんち教室」を開いた。「うんち教室」とは、うんちを通して、健康や衛生のことを考える教室で、ネピアが昨年から、日本トイレ協会と一緒に日本で実施してきている地道な活動だ。今年は「いいうんち研究所」と言うサイトもOPENした。

さてそのトイレ協会のみなさんと実施した、東ティモールでの「うんち教室」の時のことだ。我々スタッフが、イラストなどを使った教材で教えるのだが、当然言葉の壁がある。そこを、すらすらと笑顔で子ども達の通訳してくれたのが、日本のNPOのSHAREさんのお二人だった。

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地図の上の、どこにあるかも知らなかった東ティモールに、現地のティトゥン語で子ども達と笑顔でコミュニケーションする日本女性がいる。全くのボランティアで、この国に住み続けて、子ども達の衛生や栄養、健康についての教育に従事していると言う。彼女達の現地事務所も訪問させてもらった。手作りの教育ツールなども見せていただいた。ひとつひとつの地道な活動を屈託の無い笑顔で説明してくれた。人としての「仕事」の原点のひとつの見本を見せていただいた気がした。事務所を出ると夕方のティモールの空が美しかった。

今日は、千のトイレの「千のハート」のコーナーからあるグログの記事を見つけた。その、トイレ協会のサイトなどでイラストを描いてくださっている山田花菜さんのブログだった。仕事を通じての満足と喜びが伝わってきて嬉しくなった。

いい仕事は、いい人の、いいエネルギーを呼び集めて、さらによくなる。ひとつの生命体になってゆく。

いい仕事バンザイだ!!

今、己の立つところを掘れ。

「今、己の立つところを掘れ。必ずや、泉湧かん」・・・俺の大好きな言葉なんだよね・・・と。

今日は、旧知の仕事仲間、深沢さんに御徒町に呼び出され、美味しい肴と蕎麦をご馳走になった上に、心に残る言葉ももらった。

「今、己の立ちところを掘れ」・・・か、この「今」が、なかなか効いてるな~。、

思い出す学生時代。熱く”ことわざ”と”金言”の差を説いていた教師がいた。

ことわざは人生の教訓を、当意即妙に言い当てた言葉の技だ。だから、必ず「反対」の言葉もあると。”君子危うきに近寄らず”vs”虎穴に入らずんば虎児を得ず”。”二兎を追うもの一兎をも得ず”vs”一石二鳥”の類で、全くその通りだ。

対して”金言”は、人生の真理を説いた言葉だから、反対の金言はないと。

???”石の上にも三年”と”見切り千両”はことわざで対だが、ではこの”今、己の立つところを・・・”は、何なんだ?

分類すれば、ことわざではなく金言の部類だろう。・・・でも、客観的に見て、そうじゃない時もあり得るよな~~???と、

思うのが凡人の浅ましさ。やはりこの言葉は金言なのだ。

今、己の立つところを・・・・掘れないやつには、次も掘れないということか。

ああああ~、人生の残量メーターが点滅を始めている。

今、己の立つところか・・・・。

蒸し暑い夜に考える。

フェデラーvsナダル。凄かった(&眠かった)。

三年連続の決勝対決。世界ランクNo1とNo2の真っ向からの対決は、歴史に残る名勝負だった。

あのフェデラーがここへ来て、どうしてそんなにミスが出るの?と言うところもあったが、それもナダルの責めの厳しさのせいだろう。

絶体絶命の2セットダウンからギリギリの挽回。最終5セット目の9-7は、どちらにも、心からの拍手ナダル.jpgだ。

この気迫、このプライド、この技術。

なんにつけても頭が下がる。26歳と22歳(だったっけ?)。

人間って・・・年じゃないんですね。 脱帽。

 
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ヴィーナスは美しい。

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ウィンブルドン女子シングルスの決勝は、ウィリアムス姉妹決戦だった。

いつになく闘志を前面に出したセレナもすごかったが、落ち着いて対応して勝利を手にした姉ヴィーナスはもっとすごかった。

家族が観戦していたけれど、どんな気持ちで見ているのかな・・・心の底では、どちらかを応援していたりすろのカナ?いずれにしてもゴージャスな家族観戦だ。

この大会、ヴィーナスがとても美しく見えた。一時、強すぎてか・・・憎らしくまで見えたヴィーナスだったのだが。

勝者だから美しく見えるのか、美しいほどの完成度があるから勝てるのか・・・そもそも”ヴィーナス”なのだから、美しくて当たり前なのか・・・いずれにしても僕は少し、ヴィーナス・ウィリアムスのことを好きになっってしまったようだ。

千のトイレプロジェクトチームブログが面白い。

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千のトイレプロジェクトチームブログで、便所紙屋の今さんが飛ばしている。

ちなみに毎度入っているイラストは彼の”自作”だ。才能のある人は羨ましい。

<< このイラストシリーズで連載中

 

美大出で、アパレル志望?だった今さんは、数奇なめぐり合わせでトイレットペーパーメーカーに就職したが、結局は自分のスタイルを貫いた。

アンパンマンのオムツ「AKACHAN GENKI」も、芸子さんのCMでびっくりさせた「鼻セレブ」も彼のクリエイティブスピリットの発露なのだが・・・・今回の千のトイレプロジェクトで、イラストでブログをつづるとは思わなかった。

今さん!いいぞ~。その調子で行ってください。

手作りCSRは、ブログのイラストも手作りって、最高ですね!

最後後に、イラストライブラリーにまとめましょう。

ディープ上海@歌舞伎町の裏路地。

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先月の末頃だった。ある仕事の打ち上げで、集合場所の中華料理のお店の地図が送られてきていた。

新宿歌舞伎町。風林会館とコマ劇場の間の左側。これなら分かりそうだとタカをくくっていた。

歌舞伎町!!数年ぶりかもしれない。以前は週末の深夜映画を観に足を向けた記憶もあるが、近頃はそれも六本木あたりに変わったので、トンと用がない。

風林会館の前でタクシーを降りる。地図の辺りに行くが看板が無い。ぐるりと全部回ってみるが見つからない。

まさか!この細い路地の裏?そんなはずはと入ってみた路地の・・・・裏の裏の裏に、その店はあった。

衝撃だった! そこは、上海よりも上海で、香港の九龍城よりも猥雑な空気に満ち満ちていた。

誰がこの店を選んだの? J-castの蜷川社長(元アエラ編集長)だ。なるほど・・・・。

 

中国語が飛び交い、隣の席の怪しげな客は、もしかして薬の売人か?拳銃の密売か?・・・そう言われればそうのような、いや全うな新宿区民のような・・・・。

とにかく空気が違う。 料理は・・・飛び切り上手い。どう見ても決して高くはなさそうだ。

今度は誰か連れてこよう!!!と、その夜僕は心に決めた。

今夜、旧知の客とそこへ行った。思った通りのリアクションを得て、僕はちょっと得意になった。

ふむふむ。やはりここは使えると。・・・・あいつと、あいつと、あいつはきっと喜ぶだろう。

マーケティングを、戦争用語で語ることからやめよう。

マーケティングを戦争に例えて考えるのを止めよう。

バリューマーケティング研究所をスタートさせた、昨年秋からの、僕と相棒高橋との暗黙の約束だ。

戦略、戦術、戦闘、ターゲット、シェア、競合、Etc.・・・マーケティングは長く戦争に例えられつつ進歩してきた。

そう言えば、ランチェスターの法則などと言うのもあったな~。強い敵に勝つには、一人ずつ裏路地に誘い込んで、三人で取り囲んでボコボコにすればいいのだという、けんかの勝ち方ノウハウだ。

実は、それこそが全ての間違いの元だ。

もともとは、社会に役立つ価値の創出とその伝播の工夫だったはずが、ある時から、競合との「先陣争い」「領土争い」に変わり、商品開発は、そのための「武器開発」に、成り下がった。あげくの果てに、ターゲットの「攻略」の方法開発に至った。

本末の転倒が起きた訳だ。目的を見失った技術の進化ほど怖いものは無い。

20世紀=戦争の世紀。パワーによる征服競争の世紀に、マーケティングは、方法論的進化を見た。

2000年を界に、社会のパラダイムがシフトした。マテリアリズムから→ポスト・マテリアリズムへ。

本来ならば、マーケティングはそのあり方の根本から考え直されねばならない局面なのに、暴走する方法論だけが、ゴールの無いレースを、未だに続けている感もある。

「メディア」よりも < 「コンテンツ」。                   「コンテンツ」よりも < 「コンテクスト」。そして「ファクト」

メディアは混沌としてアンコントローラブルな今だ。

一昔前ならば、お金に明かしてキー局のゴールデンタイムを買いきれば、確実に日本中の”お茶の間”(これも死語か)に届いた。さらに三大紙と、セグメント雑誌を押さえ、面白おかしいSPを軽く咬ませておけば、全ては事足りた。

今混沌としたメディの世界で、大量の「リーチ経路」を買い集めても、昔のような効果は望むべくもない。

クロスメディアの時代の”リーチの工夫”は、やってもやってもゴールが見えない。

だから言う。「メディア」よりも「コンテンツ」だと。 「コンテンツ」にパワーがあれば、それは混沌としたメディアの海を”勝手に”渡って、やがてターゲットに届くと。・・・いわゆるバイラル・コミュニケーションや、能動接触の考え方だ。

 「コンテンツ」・・・日本語になりづらい言葉だ。 

ま、”中身”と思っておこうと僕は思っている。

コンテンツが大事=中身で勝負。と言うことかと。・・・これが高じて、天才クリーエーターの報酬は天井知らずだ。広告代理店のコンペは、どのクリエーターを抑えたかで決まってしまうとまで言う。

そうかな?

本当に大事なのは「コンテンツ」ではなく、「コンテクスト」(文脈)なのでは?

例えば、広告はよく「ラブレター」に例えられる。

もう一度、やってみたいと思う。

僕が「アイベックス」を創業したのは1983年。不肖辻井、32歳の時だった。

右も左も分からなかった。分からないのをいいことに、無手勝流でやってみたら・・・何とかなってしまった。

途中何度も社員に詫びた。リーダーにビジョンが無いからこんなに停滞させてしまって誠にすまん!と。

本心だった。

僕には、(当初)企業創業の「志」が欠けていた。これがアイベックス25年の致命傷となる。

「志」の無いところにビジョンは無く、ビジョンの無いところにベクトルは生まれない。ただ唯一の求心力は、仕事に賭ける「職人的なプライド」だった。それだけはあった。あったから人が集まった。

 

この原体験が僕を作る・・・良きにつけ・悪しきにつけ。

爾来25年。僕は57歳になった。それなりに右や左が見えるようになった。それが問題だ。

原体験×それなりの見識=固陋・・・・これが、限界の構図だ。

 

VMLabの看板を揚げさせていただいて、やがて10ヶ月近くになる。ありがたいことに、いい仕事にも恵まれた。

残すところの「仕事適齢時間」はどのくらいだろう?

32歳から57歳までの25年はもう無い。いいところ5年?上手くいって10年?嫌われながら居座っても最大15年?

若いころ、時間は無限にあると信じていた。

上田桃子、世界ランク11位に拍手!!

上田桃子。先日の全米女子オープンで13位。

乱れずに最後までついていったプレーも立派だったが、「優勝争いに加われなくて残念」のコメントも立派だ。

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僕には、この子はいつかさらに上に立つような気がしてならない。藍よりも桜よりも桃子だと感じるものがある。

日本人には珍しく、自分に欲張りなところに期待が持てる。マスコミやライバルと勝負せず、自分と勝負しているところが嬉しい。

 

ウィンブルドンでは、一回戦で棄権してしまって残念だったが、男子テニスの錦織もいい。淡々・飄々と自分を出している。

 

 

スポーツは、やるのは苦手だが見るのは大好きだ。何より好きと言えるかもしれない。そこには、演出は無く、事実と結果だけがあるから・・・美しい。

あまた在るスポーツの中で、柔道はやはりスゴイと思う。

柔道の選手は、僕には”サムライ”に見えてしまう。勝てばもちろん美しいが、負けても美しい。

藤沢周平の時代小説を思い出した。剣客同士の真剣勝負が長時間に及ぶ描写がスゴイ。互いに肉を切られ、骨を切られ、血を失って気が薄れてゆく中で一瞬の勝機にかける。勝った者も、負けた者も、二度と立ち直れないほどの痛手を負うのが真剣勝負だと書いている。

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先日、何気なくTVでK1を見ていて、藤沢小説を思い出した。これが真剣の勝負だったら、両選手とも致命傷を負っての勝負なのだろうなと・・・。

でも、K1もいいがやはりJUDOがいい。オリンピックでは頑張って欲しい。

このところでは、73キロ級の金丸選手がいい。

金しか要らないと言い切る。

なぜか突然!思い出してしまった”メディスンマン”。

なぜか突然!思い出してしまったあのスープカレーの美味さ!!! 札幌”メディスンマン”。

(実は、ネットニュースで札幌に「スープカレー横丁」がOPENと言うニュースに刺激されて思い出してしまった)

もう二年ほども前のこと?地元の友人に聞いて、半信半疑で行ってみた・・・・美味かった!!! いや、本当に美味かった。

東京に帰って来てからも、しばらくその時の興奮が忘れられず、「スープカレー@TOKYO」の美味を求めて、何店か行って見て・・・もう止めた。・・・余りにもレベルが違いすぎるから。

 僕は、いわゆるグルメではないが、不味いものと美味いものは、自分なりに分かるつもりだ。(と、言いつつまずいものでも平気で食べられるのだが、せっかくなら美味い方がいい。ま、当たり前の話か)

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そのこだわりと、年から来る我侭が重なって、日常の中で「行きたい店」は限りなく減ってきて困っている。本当に数えるほどしかない。

 飲食業界は不況の嵐と聞く。

チェーン化で徹底的にコスト効率化を図っても、尚且つなかなか儲からない難しい市場だと言う。

エントランスの表情と、店名だけは違っても、入ってみればみな同じ。ちょっとシャレのめした今風・高級風・現代風・創作風の居酒屋もどきのオンパレードだ。しかも2~3年でコロコロと業態が変わる。馴染みになどなる暇も無い。

そんな中、独立独歩の手作りの店で、レベルを超えて美味い店は”表彰状もの”だと思う。

運よくそうしたお店とめぐり合った客は、いわば”パトロネージュ”の心境で、そうしたお店の存続に寄与する責任を自覚すべきだとまで思う。

美味いものを、いい雰囲気で食べさせてくれる空間と時間は、お金に代えがたい第一等の価値のひとつだと思う。

便所紙屋、今さん。

 便所紙屋の今です。と、あいさつする人がいる。
 
ネピア千のトイレプロジェクトのリーダー今さんは・・・いい男だ。

いや、実にいい”漢”だと言うべきか。

男女の差別が云々される中、人物を語る言葉に”漢(オトコ)”の例えはもう古いのかもしれないが、好漢は好漢だ。もちろん、性別は女でも、好漢(≒人物!)と呼ぶにふさわしい女性もたくさんいるとした上での話しだ。

昨秋以来、ネピア千のトイレプロジェクトを手作りで進めてきた。去る6月の19日が記者発表会だった。明日(≒今日)7月1日が、いよいよキャンペーンスタートの日だ。心踊るが不安も多い。

今日は朝から、スタッフブログの立ち上げ打合せだった(アンカーテクノロジーの広瀬さん、辛抱強くご指導ありがとうございました)。 

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今さんは何時に無く緊張していた。ブログと言う形で、会社の看板もしょいながら、個人の言葉で文章を書いて表に出すと言うのは、実は相当に大変なことだ。

僕にも記憶がある。今の僕のように、小さな自分の事務所なら何も気にせずに書けるのだが、それなりの所帯の中で、公と個人の狭間で何かを書くと言うプレッシャーは相当なものだ。

そんな中、今さんは先週から一生懸命原稿を用意していた。自分の言葉で書いたとても素敵なメッセージだ。

ネピア千のトイレプロジェクトの公式ホームページの中で、スタッフブログと言うコーナーで、もうじきUPされるのでぜひ読んで欲しい。彼が、このプロジェクトで感じ取ったことの多くがにじみ出ている。

そして今さんは、最後に「便所紙屋・今敏之」と署名した。

プライド溢れる今さんの仕事魂を感じて、また少し、好きになってしまった。

プロフィール

VM Lab 辻井 良一

1983年セールスプロモーションの企画制作会社「株式会社アイベックス」を設立。プロモーション・プランナーとして、「売れる仕組みづくり」をキーワードに、さ まざまな企業の販促キャンペーン、市場導入プラン等に携わる。日本初のネットキャンペーン、キリンビバレッジ社「ネットでFIREキャンペーン」などを手がける。
このブログについて

VMLabについて

25年間プロモーションの最前線で、「売れる仕組みづくり」に携ってきた私、辻井良一(DG&Ibex創業者)が主宰する、「これからのマーケティング」を考えるラボです。
www.vmlab.jp

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