CSRじゃなくって、CRSが正しいのでは?(注:重箱のスミ論議です)
昨年秋に、現Value Marketing Lab.を立ち上げさせていただいた。
それに前後して動き出したCSR型でコーズリレイテッド型の、ユニセフさんとのパートナーシップのプロジェクトが、いよいよリリース間近になってきた。
4月には東ティモールを視察訪問し、今月は、6月中旬の記者発表会に向けての準備で大わらわだ。
でも、正直楽しい。
僕の業界スタートとなったSP企画会社”Ibex”の時代、代理店様のお先棒担ぎの企画書作りで徹夜徹夜の毎日だった昔から見ると、現在只今の、この忙しさは心地いい。
ところで、今、まさに旬の?「CSR」とは、Corporate Social Responsibilityの事だが、実は僕はこの「CSR」という概念に若干の(或いはそれ以上の)疑念を持っている。
「CSR」じゃなくって「CRS」なんじゃないの?・・・ ・と言う疑問だ。
(何をややこやしい?!と、おっしゃらずに、御用とお急ぎの無い方だけに聴いていただきたい)
僕らは、2000年に「CRS」と言う概念について考えた。(CSRが言われる前のことだった)
その時僕らが考えた「CRS」とは、CRS=Corporate Responsibility for Society という概念だった。
つまり、企業活動の全てが、根本的に「社会善」に通じているはず(orべき)で、その自覚をもとに、内外に問い続けることの意義を考えた着眼だった。
然るに、今流行の「CSR」発想の多くは、企業の社会的責任として(横並び的に、或いは罪滅ぼし的に)、社会貢献の意識と実体を持っていることを示さなければ、社会から許されないのでは?と言う、同調意識、残存意識の現れのように見えてならない。
改めて考え直せば直すほど、当時僕らが着眼したCRS=「企業の社会的責任認識」の発想は、昨今急浮上の義務的CSR意識≒「企業の社会貢献責任」論とは、微妙に(だが実は根本的に)次元が異なることを今になってつくづく思う。
つまりは、根源性か迎合性かの違いだ。
企業は本来、自社の商品やサービスの提供で「社会善」に通じているならば、それだけで充分「社会貢献」を果たし続けている。取って着けたような、奉加帳式のCSRなど無くても胸を張っていていいはずだ。
その基本の上に、通常の事業活動では果たしきれない「社会貢献」の部分に、企業の思いが向いた時に”自発的””内発的”に社会貢献活動を自社の活動目標に加えればいい。
うううん、僕の本音は・・・・昨今のCSRが、一種、ブーム的様相を呈していることがが、何となく怖いだけだ。
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