出張ボケ。
一週間、まるで違う環境でまるで違うリズムで時間を過ごして帰ってきたら、半分ボケてしまっていた。
会社のデスクでPCを立ち上げようとしたら、ログインパスをど忘れ。サイボーズに入ろうとしたらまたまたど忘れ。ネットバンキングで振り込みなどと思ったら、こちらも確認番号を間違ってやり直し。携帯の充電器はカバンの中に置き忘れ、キャッシュカードもあっちやこっち、ブログに向かって見ても普段のリズムになかなか戻れずにこんな時間になってしまった。
ネットの無かったころはこんなことは無かった。ケイタイも無かった頃、ファックスも無かった頃、コピーすらも無かった頃(そのころから仕事していた僕はすでに化石?)と、今の生活のリズムは相当違う。 まるで異なる。 全然異質だ。
ネットに代表される新たな通信手段、情報接触手段、コミュニケーション手段を持つ者と持たない者との「情報格差」、コミュニケーションハザードが、新たな階層差別を促進すると言われている。
確かにそうだが・・・「差別」ではないだろう。「分離」かな?「乖離」と言うのが正しいかな?
ネットを使いこなす人(=ネットに追いまくられざるを得なくなってゆく人)と、それに無縁な人は、もうほとんど違う世界に生きているに近いのではないだろうか。
生活の基軸に置く「優先順位」や「価値観」ごとが隔たってゆくように思える。
ほんの十年前の僕は、会社を一歩出たら仕事から解放されていた。東ティモールの100万人のうち99万人くらいはケイタイも持っていない。 でも、それも時間の問題だろう。
どちらが幸せなのだろう? どちらが人間の本質に近いのだろう? 24時間世界とコンタクト可能な僕たちと、自分の足で歩いて行き、直接向き合った人としかコミュニケーションできない人たちと・・・。
24時間のワールドワイドウェブは、真剣に向き合おうとすると人間の本質をはるかに超えてしまっていて擦り減ってゆくような焦燥感・消耗感を覚える。
生き物は進化の延長線上で、自分自身を破滅に追いやってしまう宿命を背負っているのではないか?
特に人間。 温暖化もさることながら、情報流通の変化も何かとてつもなく大きな問題を巻き起こしそうな予感がする。
ちょっとSFっぽくって、この話はまた長くなってしまいそうだ。 ボケていないときにしよう。
トラックバック(0)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 出張ボケ。
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.vmlab.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/111


最近のコメント