映画「靖国」上映中止問題に思う。
映画「靖国」の内容について僕は多くを知らないし。決して国粋主義者ではない。
従来からの首相の参拝問題についても、国際摩擦を覚悟の上で断固行くべしとまでも思えない反面。近隣諸国から言われ放題で本当の戦没者に哀悼の意も表せないのはそれも情けないと思う方だから、あえて言えば分祀派か、別途の戦没者慰霊施設建設派に属すだろう。戦勝国が敗戦国の戦犯を裁いた東京裁判に関しても、むろん一言はあるが、せいぜいその程度のふにゃふにゃ論者だ。
いや、今日のテーマはそれではない。
国内のそうした諸問題に「タブー」を作って、議論を封殺してはいけないとだろうということだ。
反対運動の騒動を恐れて、上映中止決定が相次ぐことに関して「朝日新聞」さえも、上映促進を唱えていると聞いて、日本のメディアの健全性にちょっと安心した。
慰安婦問題、南京事件問題、ひいては同和の問題。多くの国には歴史の恥部や暗部がある。
今、人権問題で中国を罵倒している国の多くが、前世紀には奴隷貿易や奴隷労働で国力を高めたことを忘れてはいけない。今CSRで社会貢献といっている巨大企業の多くが植民地を搾取した国益企業だったことも然りだ。
こうした相手国の恥部や暗部を捕まえて、外交のカードに使う姿勢。或いは党派間の論争や糾弾の武器として使う姿勢が何を生むだろう。
転じて国内に振り返れば、やはりこの歴史の誤りや未解決の問題を抱える国民が、その問題をタブー化し議論を封殺してはいけないと思う。
いやむしろ、国のと言うより、人間の歴史の誤りと解釈して、広く論じ合って次の正解を探すべきだろう。
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