企業の「志」。
国際衛生年の今年に当たって、ユニセフが開催している記念セミナーの三回目は、企業の「CSR」への取り組みに関するテーマで、とても充実した内容のものだった。
いま、僕ら(バリューマーケティング研究所)が、あるクライアントと、この夏に向けて取り組み準備中のプロジェクトの関係で出席したのだが、改めて得るものが多かった。
2時間のセッションを通じて感じたこと、考えさせられたことは、CSRといった枠組みを超えて、企業の存在や事業活動の意義自体についての示唆に富んでいた。
同じような製品やサービスをを作り、売っていても、やはり創業から拡大への目的意識と言うか、「志」の差で、「よい企業」と「よくない企業」の差が歴然とあるし、それは自ずと現れてくるのだとつくづく感じさせられた。
例えば、「開発途上国に工場を建てる」と言うことひとつの考え方にしても、従来の「競争至上主義」のマーケティング視点で考えれば、安価な労働力を駆使して製品を作るとか、いち早く有望市場に進出して将来のシェアを確保すると考えてしまうのだが、企業の社会的貢献をベースに考えれば、それは違うストーリーになる。
例えば、国民の多くが栄養失調に悩むような途上国に、乳製品の工場を建てる。それはその国の人々に栄養豊かな食品を提供することであり、そこに雇用を創出することであり、地域の酪農に商品価値を生むことだと。その結果生まれる利益は、更にその国に再投資され、工場が出来、製品が生まれ、栄養が行き渡り、雇用と酪農が促進される好循環を生むと。すばらしい価値の連鎖構造につながる思想だ。
一方で光と影と言うか、顧客満足度No1企業の、下請け搾取、雇用や福祉の矛盾と言う話に接する機会が増えた。一概には断じきれない、深い深い問題だと思う。
我がことに置き換えてみる。
今、BrandのCSRの正しい姿勢などと真剣に考えている僕自身、小さいながらも100人の社員を抱える会社の社長だった時がある。いや5人10人30人の時から、100人超の時までを経験させていただいた。
その間、社員を鼓舞して一緒に”戦う”意識の高揚にのみ注力してきたように思えて、いくばくかの反省を押さえ切れない。
当時の僕にCSRや福祉の概念はあっただろうか? 会社としてのアウトプットが、社会に善でありたいという信念はあった。外注先や社員と共にWin&Winで幸せを追求して行こうという意識もあった。頑張ったら報われるステージと言う誇りもあった。だが、戦う能力を高めることのみを評価する、”強者の理論”が色濃かったかもしれない。戦い抜いて勝った時に、安息が訪れると思っていたのだろうか。いや多分違う。単に負けるのが怖かった。
それはつまり、自分の弱さの鏡だったように思う。もう少し精進して、本当の強さを身に付けなくてはいけないと、そんな思いに至ったが、これも本当に間に合うだろうか?残りの人生とのかけっこだ。
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