五輪ボイコット発言に思うこと。
サッカーの応援マナー問題、食の安全の問題、大気汚染の問題などがくすぶっていたと思ったら、極めつけのチベット暴動事件が起こってしまった。
にわかに巻き興った北京五輪ボイコットの論調を耳にして、僕は何だか肌寒い思いを覚える。
選手村の設備や、監督席の不備、果ては北京市内のホテルの共産党幹部による独占の噂など、この国の独尊的な姿勢と配慮不足に対する反感も一気に噴出す。
がしかし、それはそれ、これはこれだろう。五輪を、国際的な政争の具にするのは最も卑劣なやり口だと僕は思う。モスクワとロスと二回続いた東西陣営の相互ボイコットの愚を繰り返すつもりか。
安易なボイコット論は、まず、この機に向けて鍛錬を続ける選手達に失礼だ。祭典を楽しみに待つ世界中のスポーツファンにとっても、無礼極まりない発言だ。不買運動による意思表示や、外交対応の応酬とはわけが違う。
今になって、政治が五輪の参加・不参加を云々するくらいなら、IOCの開催地選定の時点から介入すべきだろう。世界市民としての自覚に欠ける国(本当は都市なのだが)は、五輪開催地にふさわしくないと。
中国はもともと一党独裁の統制国家だ。人権問題では問題も多い。だが、そんなことは開催地選びの時から分かっていた事ではないか。
これを政争の材料にして、世界中の善良なスポーツファンに冷水を浴びせるような安易な発言や行動は、ああ全くもって、どこかのおばかな国の、中央銀行総裁空席問題に通じるように思えてならない。
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