ゴルゴ13は終わらない。
さいとう・たかお氏作のゴルゴ13が、1968年の登場以来、連続40年/単行本で147巻に達した上に、4月からアニメ化だと言う。
個人的にはアニメ化にはちょっと??だが、根っからのゴルゴファンであり、プロモーション屋時代には、失礼にも”水虫薬”のキャラクター等として、さいとうプロダクションにお世話になった経験もある僕としては、その記録的な長寿に大拍手だ。
米ソ冷戦構造真っ只中の70年代を背景に、ゴルゴ13はリアルなスパイ劇画として大人気だった。
そんな中、今にして思えば実に馬鹿げた杞憂だったが、1989年にベルリンの壁が崩れ東西の雪解けが言われた時、僕はふと「これでスパイ物もリアリティーが薄れて・・・もうお終いかな?と、ゴルゴ13の失業を案じたものだった。
が・・・結果は全く違っていた。
幸か不幸か、単純な東西二分の時代に比べ、ナショナリズムの台頭で世界は一層複雑化し、テロの恐怖や見えない不安の面では、当時の比ではないほどに世界は不安定に向かっているように思う。
これが、人間の性なのか・・・ゴルゴ13の活躍の場はむしろ広がり、シリアスさもどんどん高まっているようだ。
自分勝手な連想ゲームのようで恐縮だが、実は僕は”スパイ業”や”推理小説”に関して、今一度バカな心配に陥った時がある。
それは2000年頃、ケイタイ電話とインターネットの普及が加速した頃だ。
あのジェームス・ボンドだけが持っていた「スパイカメラ」や、「高性能通信機」がこんなに普及してしまっては、スパイのスペシャリティー性は薄れるだろうし、巧妙な推理小説のロジックも機能しづらくなってしまうのではなかろうか、あるいは古い推理小説やスパイ映画の素晴らしさを、後世の人たちは感じ取れなくなるのではないかと・・・。
が、これも全く馬鹿げた杞憂だった。幸いなことに名作はいつまでも、時代背景のリアリティーと共に行き続けるし、情報の伝達力が高まれば高まるほど、そこに、より高度な”罠”や”落とし穴”は生まれてくるようだ。
ゴルゴ13は失業しないし、ジェームスボンドもケイタイを使いこなして更にトリッキーな世界で活躍する。
情報の流通性が高まるほどに、コンテンツ自体の質の差は際立ち、Web2.0でプロとアマの垣根が崩れるほどに、本当のプロの意味が際立つ。
ならば、世界の経済意識が高まるほどに、本物の経済が成長するのか?政治意識が高まるほどに、本当の政治が磨かれるのか?
この答えは、僕自身は未だ見つけきれずにいる。
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