2008年3月アーカイブ
ガソリン値下げ問題のナンセンス。
僕はもともと6:4くらいの左寄りだったが、それ以上に筋金入りの(?)ノンポリだった。
時を経てと言うか、年をとってと言うか・・・いまは、強いて問われれば6:4くらいの保守だろうか?相変わらずのノンポリ、ノー天気のままだが、国の政治のことは、世界との外交の問題と言う角度から気になるのが常だ。
今回の暫定税率問題、もうたいがいにして欲しい。
福田自民もいい加減だが、民主党もひどい(大昔の社会党を思い出してしまう)。
ガソリンが25円下がって、国が変わるか!! 国民に還元だ!? ガソリン消費の大半は業務用だろう。一か月下がってまた上がってどうなると言うんだ。
そもそも、民主党の政策の主眼が、ガソリン値下げを真ん中に据えているのならばそれはそれでよい。国民本位の税制策を示して、正面切って徹底的に戦えばよい。
今回はたまたまこの税法に期限が巡ってきただけだろう。それをチャンスに駄々をこねるようなやり方で廃案に持ち込み、一時でもガソリンの値段を下げて見せて、自党の存在感をアピールしようと言うことか?
桜の季節、少し感傷的になって。
18歳の時に見た、桜のトンネルの記憶をたどっていたら、司馬遼太郎のいう「原風景」と言う言葉に思いが及んだ。
僕の原風景は何だろう・・・札幌市北三条西十一丁目。開拓時代の様子をそのままに残したという「植物園」の裏手で僕は育った。立ち並ぶ民家には塀がない(札幌の家に塀ができるようになったのは最近のことだ)。屋根はトタン葺きだ。
家々の間に”ハラッパ”がある。電信柱の向こうに夕焼けがある。カラスが飛んでいる。夏の間は何をして遊んでいたのだろうか?植物園の塀を乗り越えて、沼のおたまじゃくしを取りに行った。竹とんぼでも遊んだが、2B弾をアリの巣に突っ込んだりもした。
11月になると雪虫が飛んで季節の代わり目を告げる。札幌の冬は3時を過ぎると暗くなる。やがて一面の雪になる。ラッセル車が掻き分けた道脇の固い雪の山を掘り抜いて、かまくらと言うよりは大城塞を築く。雪の弾を備蓄し、近所の別グループと毎日戦争に明け暮れた。捕虜になっていじめられるのが無償に怖かった覚えがある。
夕方になると帰って、丸いテーブルに座って開きホッケか秋刀魚の夕餉を囲んだ。凍ったニシン漬けはおいしかった。塩辛は嫌いを通り越して怖い食べ物だった。納豆も苦手の一つだった。カレーライスの日は嬉しかった。
その後、日本の高度成長期の真っただ中に思春期を迎え、高校時代までと、大学卒業後の約十年を札幌で過ごす。子供達には”ナゼ?”と、不思議がられるし、僕にも確かな理由は思い当たらないのだが、僕はまだ本籍地を札幌に残したままでいる。父の墓を札幌に置いてあるからだろうか?
桜の季節に思うこと。
今年もまた見事に桜が咲いた。
この花は本当にすごいと思う。普段はあまり目立たない存在でじっとして居ながら、この季節、一気に咲き誇って、「おれは桜だ~!ここに居るぞ!!」とばかりに、狂ったように自己主張する。いやはやお見事、確かにあなた様は桜でいらっしゃられましたねと、思わず頭を下げたくなる。惜しまれる内にサッと散る。そしてまたその存在すら忘れるのだが、やがて春は巡って来る。一気に咲く。
僕が桜の美しさに動転するような驚きを覚えたのは遅く、18歳の時だ。高校時代までを札幌で過ごしてきた僕は、親に連れられて花見にも出かけたし、さまざまな文学などの中でも、桜を愛でるシーンには出食わしていたが、正直あまりピンと来ていなかった。
それには訳がある。札幌の桜はGWのころに咲くのだが、ソメイヨシノのような八重の種ではなく花も小ぶりだ。さらに決定的に違うのは、若葉と同時に花をつけることだ。だから確かに花は奇麗だが、若葉の緑と重なって東京の桜ほどの鮮やかさに欠ける。
そんな僕が学生になって東京住まいの初めての春、何かの用で中野界隈辺り?の桜並木に迷い込んだ。
春の日差しを浴びて咲き狂うさまにまさに圧倒された。・・・・・これだったのか!これが桜だったのかと!!
青山から銀座に引越しです。
昨年10月の末に、南青山に小さなスペースをお借りして「株式会社バリューマーケティング研究所」を旗揚げさせてもらいました。以来約4ヶ月、僕のオフィスは、実は、たまたま懇意にさせていただいている、コスモコミュニケーションズ(枝廣社長)さんの”B会議室”(4坪)でした!!
僕の机一個。キャビネット2本と4人座れる丸テーブル。お越しくださった方はご存知でしょうけれど「子どもの勉強部屋」と言う感じで、これはこれでとっても楽しいSOHO気分でやってました。
スペースがスペースです。ここに机を二つ入れると、もう「ニラメッコ状態」になってしまうので、キッパリ諦めて、最初の数ヶ月間は本当に独り事務所でやろう!と、決心して始めたのですが、いざやってみると辛い辛い。
この25年間、曲がりなりにもの社長稼業が身についてしまっていましたから、お茶と言うのは自動的に出てくるものと持っていましたし、ゴミと言うのはゴミ箱に捨てさえすればよく、郵便やバイク便なども「出しといて」と言えば届くものと思っていたのですが・・・実は違ったんですね(笑)。
実は、もっと困ったのは電話です。固定電話の無い会社は、いくらなんでも怪しいだろうと、電話を引いたのですが、僕が出かけていると取る人がいません。受付の電話も然りです。
そこで妙案を思いつき・・・
日本は経済の文化財?!
週末の朝日新聞だったろうか、何気なく目を通していたら欧州の投資家から見た日本の経済のことが、また書かれていた。
曰く、現状での日本の存在は、ジャパンパッシング(無視)を通り越して、貴重な”文化財”的存在だそうだ。80年代のバブル景気、90年代の崩壊と、その後の処理のまずさ、2000年代に入って一瞬息を吹き返しそうに見えたのも束の間、改革の後退で再びさ迷うその姿が、他山の石と言うか、反面教師的に「ああなってはいけない」と言う教訓に見えるそうだ。
ううむ。よくぞそこまで言ってくれるものだ。
将にそういわれても致し方ないという自覚の反面、上っ面ばかり見るなよと言う意地のようなものも沸いてくる。
事実、日本の「現場」は頑張っている。例えばエネルギーの交換効率などの分野では日本の技術は群を抜いている。ここだ!ここだ!ここで頑張るのが良いと思う。
IT化の情報ハイウェイ構想と、$建ての金融商品力で経済の絶頂を築いたアメリカの時代の終わりは、今や誰の目にも明らかだ。膨大な資源力を背景に中国ロシアを始めとする”発展途上?の大国”の勢いもものすごい。
急にうどんが食べたくなって。
急に讃岐うどんの味を思い出して、岡山での用事のついでに高松に足を延ばした。
目指すは池上製麺所。あの”るみ婆さん”の店だ。聞けばつい最近、空港近くに店を移したという。以前に食べたのはもう数年前。本当に汚い製麺所の傍らで、ご近所の人におすそ分け?のような感じで食べさせていたのが、評判で評判で大行列のお店になった。
今回は、引っ越して新装開店というからちょっと不安があったのだが、るみ婆さんスピリットは健在だった。雨の中並ぶこと30分。釜上げ一玉玉子のせは金150円なり。3分で食べる。感激の味だった。
旅好きの僕は、日本国内も結構まめに回っているつもりだ。旅の楽しみは人と食に尽きる。世界を回っても言えることだが、やはり味の深さはは土地の文化の熟成度に比例する。四国高松、金刀比羅詣でも盛んだったこの土地は、瀬戸内航路の中心地、歌舞伎も盛んなところを見れば、やはり交易の財力を背景に庶民の文化も舌も肥えたのだろう。開拓使の歴史しか持たないほきゃーどー出身の僕にはうらやましく思えることの一つだ。
もちろん今はネットでも買えるが、150円のうどんは並んで食べるに値する味だった。ごちそうさまでした。
世界経済からは置いてけぼり、政治の不毛で日経平均どん底の日本には、それでもこんなに豊かな文化があるぞ!!と、ちょっといい気分の讃岐うどんだった。
五輪ボイコット発言に思うこと。
サッカーの応援マナー問題、食の安全の問題、大気汚染の問題などがくすぶっていたと思ったら、極めつけのチベット暴動事件が起こってしまった。
にわかに巻き興った北京五輪ボイコットの論調を耳にして、僕は何だか肌寒い思いを覚える。
選手村の設備や、監督席の不備、果ては北京市内のホテルの共産党幹部による独占の噂など、この国の独尊的な姿勢と配慮不足に対する反感も一気に噴出す。
がしかし、それはそれ、これはこれだろう。五輪を、国際的な政争の具にするのは最も卑劣なやり口だと僕は思う。モスクワとロスと二回続いた東西陣営の相互ボイコットの愚を繰り返すつもりか。
安易なボイコット論は、まず、この機に向けて鍛錬を続ける選手達に失礼だ。祭典を楽しみに待つ世界中のスポーツファンにとっても、無礼極まりない発言だ。不買運動による意思表示や、外交対応の応酬とはわけが違う。
今になって、政治が五輪の参加・不参加を云々するくらいなら、IOCの開催地選定の時点から介入すべきだろう。世界市民としての自覚に欠ける国(本当は都市なのだが)は、五輪開催地にふさわしくないと。
中国はもともと一党独裁の統制国家だ。人権問題では問題も多い。だが、そんなことは開催地選びの時から分かっていた事ではないか。
これを政争の材料にして、世界中の善良なスポーツファンに冷水を浴びせるような安易な発言や行動は、ああ全くもって、どこかのおばかな国の、中央銀行総裁空席問題に通じるように思えてならない。
CSRブームに思うこと。
CSR(Corporate Social Responsibility)論議がかまびすしい。直訳すれば「企業の社会的責任」となるこの言葉が急に注目度上昇中だ。地球温暖化やECO意識の高まりとも相まって、日本(世界)の生活者の意識がそちらに向き始めているのは確かな事実だ。企業は敏感にその潮流を感じ取っている。
昨今はCSR的企業活動のアピールや、CSRを訴求するキャンペーンが相次ぐ。かく言う僕ら(VMLab)も、この夏にスタートする、あるコモディティー商品ブランドのUnicef支援プロジェクトの立ち上げ準備に忙しい。
いたずらに購買を動機付ける為の「オマケ合戦」や、売り場争奪の為の「値引き合戦」に比べれば、遥かに良い傾向と思う。
ただ、似非CSRキャンペーンは許せない。
CSRとは何も、植林や環境保護の”慈善的”活動を意味する訳ではない。
僕の根本的な考えでは、企業の存在と事業自体が、CSR(≒社会善)に通じているのが最も正しい姿だと思う。つまり、企業の存在自体が社会にとって価値のあることであることが原点だ。その理念が問われる。
その上で、製造や販売と言う経済活動で果たせる社会貢献(=社会善に繋がる価値の提供)は事業において果たし、そこで果たしきれない企業の理念を、非営利のCSR(≒コーズ)的活動で補って、企業全体として社会に貢献すると言うバランス?と言うか、趣旨の一貫性が何より大事だと思う。
中原の虹@上海。
中国は広大だ。
その広大な国土のほんの一角「上海」をめぐって、先進国と中国は、この100年余さまざまな関係を築いては壊し、壊しては築いて来ている。
そんな上海のホテルの一室で、読み直し中の小説「中原の虹・第四巻」に目をやったら、ちょうど袁世凱と中国国民党の政争のさなかだった。民主主義の星・宋教仁が上海駅頭で凶弾に倒れるシーンだ。今から70年ほど前のこの国の事実である。そこからの変遷。毛沢東から鄧小平を経て今日の上海。
本を閉じて、窓から夜の街に目をやると自分がどこにいるのか一瞬分からなくなった。
美味しい火鍋をいただきながら、20年ほど前にここを訪れた時の「兌換紙幣」の話をしたら、在中国10年余のキャリア女性陣にキョトンと言う顔をされた。もはや過去は明らかに過去なのである。
上海F1層の価値意識調査をしている。興味のあること、お金の使い道と言った質問の中に、利殖・運用と言った項目がないと、被験者があきれた顔をする。月収1000元(1万6千円)~月収3万元(50万円近く)のキャリアまで。この国の新たなエネルギーの象徴だ。
すらりと長身長躯のそんな彼女達が、颯爽と前をむいて歩いている街だ。
今年2度目の上海にて、$99円のニュースに接し。
上海F1層の価値意識調査を実施することになり、1月に引き続いて今年2度目の上海訪問となった。
円を人民元に換えたら、レートが16.7だったから、つい3か月前のおよそ15円という感覚に比べて約10%高い。
つい先日、大枚6万円を投じて手に入れたドコモの905シリーズは優れ物で、ここにいてもリアルタイムで株価も見られるしNIKKEI NETも読めるので、$が100円を切ったニュースはタクシーの中で読んだ。アメリカが2割引きのバーゲンで、中国は10%高ということだ。ユーロも相変わらずにお高い。
10%20%と気軽に言うが、50万の給料が60万に増えたり、40万に減ったりすると言えば家計は大変化だろう。そんなことが数カ月のうちに平気で起こるということだ。原油と金と小麦の高騰はさらに激しい。
ジャパンアズNo1と、世界にもてはやされていた時代。円が対ドルで100円を切り80円に迫った時のことを今でも鮮明に覚えている。何か誇らしい思いが充溢していた。高値の花のように崇めていた米欧が、自分たちの足元に膝まづいてくるような勝利感を覚えたのは僕だけではあるまい。
が、今回の99円にそうした高揚感は微塵もない。むしろ、多数決の暴力で、無理やりババを引かされている負け犬の思いがするのは何故だろう。
日銀総裁問題と、英エコノミスト誌の記事。
日銀総裁問題と世界の金融不安などで、今日12日の日経朝刊は久々に読み応えがあった。
とりわけ、第6面全面を割いて掲載された、英エコノミスト誌の記事”JAPA i N”の抄訳記事にはタイムリーさを感じた。
本国では2月の後半に発表された記事だから、日経は、民主と自民のねじれによる政治停滞が浮き彫りになる今日を選んで掲載したのだろうか。
曰く、苦痛に満ちたニッポン(=PAIN)。その停滞の原因を、政治の停滞が経済の停滞を招くと、高校生にも分かる歯切れのよさで整理してくださっている。
書かれていることの一つ一つに新味は無い。が、しかし、これは心ある親の説教のようなもので、聞く子どもの側は「そんなの分かっているよ!」と言って、一向に改めないのであり、そのことこそが問題なのだ。
米国ではなく、英国の経済誌であることも意味深い。心ある伯父さんの説教を聴く思いがする。阿部氏、福田氏、小沢氏の罪を整理したうえで、もう一人の犯人は”一向に懲りない有権者だ”と。結んでいる。
ゴルゴ13は終わらない。
さいとう・たかお氏作のゴルゴ13が、1968年の登場以来、連続40年/単行本で147巻に達した上に、4月からアニメ化だと言う。
個人的にはアニメ化にはちょっと??だが、根っからのゴルゴファンであり、プロモーション屋時代には、失礼にも”水虫薬”のキャラクター等として、さいとうプロダクションにお世話になった経験もある僕としては、その記録的な長寿に大拍手だ。
米ソ冷戦構造真っ只中の70年代を背景に、ゴルゴ13はリアルなスパイ劇画として大人気だった。
そんな中、今にして思えば実に馬鹿げた杞憂だったが、1989年にベルリンの壁が崩れ東西の雪解けが言われた時、僕はふと「これでスパイ物もリアリティーが薄れて・・・もうお終いかな?と、ゴルゴ13の失業を案じたものだった。
が・・・結果は全く違っていた。
幸か不幸か、単純な東西二分の時代に比べ、ナショナリズムの台頭で世界は一層複雑化し、テロの恐怖や見えない不安の面では、当時の比ではないほどに世界は不安定に向かっているように思う。
これが、人間の性なのか・・・ゴルゴ13の活躍の場はむしろ広がり、シリアスさもどんどん高まっているようだ。
パクス アメリカーナの終焉。
米$が、対ユーロで最安値を更新中だ。ダウ平均も下げ続けている。サウジが$ペック制の維持を発表したが、世界の報道の調子は「サウジの情け」か「混乱回避の為の選択」と言う調子だ。
原油決済通貨の$離れもそう遠くのことではないように思われる。$の、インチキな魔法が解ける時がくる。
民主党の大統領候補選びが、空前のデッドヒートと騒がれているうちに、$を機軸とした世界経済のシナリオが崩れ始めている。同時にアメリカの傘の下での世界平和(パクス アメリカーナ)が終わろうとしている。
1989年11月。ベルリンの壁崩壊の中継は衝撃だった。ボーダレスの時代と呼ばれた90年代、東西冷戦の均衡構造が一気に崩れ、世界はアメリカの一人勝ちと、民族主義のくすぶりと言う厄介な構図に突入した。その後のことは、思い出すのは簡単だ。ソビエトの崩壊とロシアの復活、BRICSの台頭とユーロの堅調、日本の停滞(漂流?)だ。
爾来18年余。僕ら、戦後生まれ世代は「戦争を知らない子ども達」と呼ばれて早60歳に近いが、何と、「ベルリンを知らない子ども達」が参政権を持つ時代だ。世界が変わらないはずが無い。
この世をば わが世とぞ思う 望月の 欠けたることも なしと思えば(藤原道長)か?
振り子は振れる。 最後の花火の20年間を経て、パクスアメリカーナは終わる。
ブランドとは何か?
ブランドって・・・・・何?
辻井の勝手な理論では、ブランドの原点は「生産地」だ。 日高の昆布、最上の紅花、関のサバ・・・。 有田焼、バカラのクリスタル、灘の酒、シャンパーニュのシャンパン。いずれも、間違いの無い品質への信頼根拠だ。
その次に、ブランドになったのは、「流通」と「小売」業だろう。 高田屋嘉平の船が運ぶ俵物、三越の正札掛け値なし。いずれも、正しい価値を正しく届ける姿勢への信頼の獲得だ。
後年、それがメーカー(製造会社)のブランドとなり、ブランドは自らの信念を市場に評価されて育っていった。
ここまでは何の不思議も無かった。
マスマーケティングの時代、広告代理店が(テレビ・新聞を売りつける方便で)”ブランディング”を言い出してからおかしくなった。言い出した広告代理店も厚顔だが、それに乗ったメーカーも(今にして思えば)余りにも安易だ。
好感度上位のタレントの、ニッコリCMを沢山流すだけで、ブランドが構築できるならそんなに簡単な事業は無い。そもそも、代理店のブランディング論に乗って、マーケティングシナリオを書いた殆どの商品は、”ブランド”などではなく、単なる”商材”でしかなった。
広告が上手かろうが下手だろうが、ブランドとして育つはずも無い商材に、ブランディングコストを掛けた時代があった。
コンサルティングセールスと、アカウントプランニング。
日本語の「営業」と言う言葉は実にふところが深い。と言うか、あいまいで誤解を招く。
自分が売りたいものの利点を並べ立てて「さあ買え!」と迫るのが、セールス(≒営業)の原点だろう。
古くは押し売りだが、その進化形で、あたかも、顧客の為を思ってさまざま考えているような振りをして、ちゃっかり自分の売りつけたいものにお金を払わせるのが、いわゆる「営業」。昨今は殆どが、「提案型営業(=コンサルティングセールス)」の形を取っている。
旅行代理店なら、楽しい旅行を提案してキャリアやホテル・旅館を売りつけてマージンを得る。印刷会社が、SPの企画案などを持ち込んで結局は印刷を取ってゆく。広告代理店は、都合の良いマーケ企画とクリエイティブをお土産に、テレビと新聞を売りつけると言うのがお定まりの営業パターンだ。
どんなに「提案型」のコンサル力を磨こうと、結局は売りたいものを売る努力の延長なのだから、本当の意味のコンサルとはチト違うのは当たり前だ。
買い手には、知恵がいる。
幕末明治の30代は、どうして大人の顔をしているのか。
Web2.0の理屈を待つまでも無く、僕の周りの情報は既に”無限”の域に達している。
しかるに、物心ついて以来半世紀、僕の”時間”は【24h-睡眠時間≒18~16h】のままで一向に増えない。そして、僕の情報処理能力も一向に進化しない。物事を見聞きし理解するには、やはり一定以上の時間がかかる。
電話は極端に少なくなった。対照的にメールが増えている。お陰で、一日のうち数時間はメールの返事に追われているのが実情だ。そのメールには、夥しい数のファイルやURLが添付されてくる。その全てを見ていたら、僕は約束の時間にすら間に合わない。これは多少の差こそあれ、みな同じだろう。
こうなると、人は自衛的に情報の取捨選択を始める。聞き流す情報と、自ら取り込む情報だ。ここに、コミュニケーションの大変革が起こると説くのが 、かの慶応大学井上教授「オーガニック・コミュニケーション・ミックス論」の原点なのだが、今日はちょっと違うことを考えてみたくなった。
幕末~明治の英傑達は多く写真に残っている。その誰を見ても、20代で既にイッパシ!30代で完璧に大人の顔をしている。何しろ、明治新政府のお歴々は殆どみな30代なのだが、どう見ても今の僕などよりは貫禄があり、オトナの顔つきだ。
やはり、国を背負う自覚のなせる業かな~。


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