広告代理店はどこへ行くのか?
4大マスメディア、とりわけ新聞とテレビが完璧に機能した一時期を過ぎて、今は混沌。
いわくコミュニケーション360° メディアニュートラルシンキング。 つまり、目的に応じて「ゼロベース」でコミュニケーションを考えようということだろうが、言うは易く行うは難い。
結果が、天才クリエーターの起用ばやりだ。 ???それでいいのか? 天才マーケッターじゃなくて、天才メディアプランナーじゃなくて・・・天才クリエーターだよ!! 何故?
僕が思うに、現状ではそれは「ほぼ正解」だ。 つまり、今この混沌のメディア環境で大切なのは、媒体配分計画や、CGMの活用テクニックなどではなくて、コミュニケーションされる「中身」=「コンテンツ」の強さの問題ということだ。
だが、これは過渡期の現象だと思う。
やがて、天才クリエーターの出る幕は少くなくなるはずだ。 広告主(=ブランドや企業)は、CRやコミュニケーションの工夫で、欲望を創出するのではなく、支持を集めるマーケティングに変わってゆかざるを得ないからだ。
企業やブランドが、社会に支持される存在か否かが問われる時が来る。 どんな姿勢で、何をやっている会社か? それ自体の価値が問われる時が迫っている。
その時、広告代理店は、一体どんな存在になっているのだろうか?
メディアはニュートラル化し、マスメディアとCGMは見事にすみ分けて共存する時代が来るだろう。
つまり、広告主が金にあかして情報をコントロールし得た時代は終わる。マスがどんなにリーチを稼いでも、CGMは細々とでも広く深く、生活者目線の情報を提供する機能を増してゆくだろう。
そうなったときに、本当に支持を得るのは何だろう? 当然のことだが、正しい「価値を」もった存在のみだ。
広く大衆に向けた価値、狭く一部の人に支持される価値。その双方の共存。 いづれにしても「価値の創造」は、広告の技術以前の問題であり、広告代理店の仕事ではない。
ぼくは、マーケティングの未来に楽観的だ。 が、広告代理店の未来には悲観的だ。 コミュニケーション360°を考え、メディアニュートラル時代のソリューションを提供し続ける、知恵と力が、広告代理店ごときに育つとは思えない。
すでにメディアは多様化し、すべてをつかねる仕事は不可能と思える。
広告主という言葉が変だ。 価値の提供者であるメーカーやブランドは、自己の価値を正しく定義しその普及に邁進さえすればよい。広告が多少上手かろうが下手だろうが、価値が正しく評価される時代が近いと思う。
広告代理店は・・・いらなくなる。 あるいは、活躍の場が狭くなるだろうというのが僕の考えだが・・・・
案外と、クライアントがそれ以上に馬鹿で、広告代理店に無用なお金を払い続ける構図は続くかもしれない。
トラックバック(0)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: 広告代理店はどこへ行くのか?
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.vmlab.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/70


最近のコメント