カバヤはカバを飼っていた。
カバヤ食品は岡山の名家(野津家)だが、岡山の銘菓ではない。全国配荷の菓子メーカだ。
と、寒いシャレを言いたくて書くわけではないが、今日、ある業界雑誌(アイエムプレス)に寄稿する原稿の締切日で、せっせと仕事のことを考えていたら、突然一二年ほど前に訪問させていただいた岡山のカバヤさんのことを思い出した。
カバヤ食品は昭和21年、戦後間もない時代の設立で、甘いお菓子に飢えていた日本の子供達に、美味しさと楽しさを配って歩いたサンタクロースのような会社だ。創業の志とその後の事業展開は見事に筋が通っている。明治製菓は当然明治の創業?(かと思ったら大正5年の設立だった)。森永は明治43年の設立、グリコも昭和一桁の設立だから、カバヤは言わば後発の新興企業(≒ベンチャー)だった訳だ。
この会社は「宣伝上手」で人々の心を捉えた。その代表が、「カバの宣伝カー」だ。
実はカバヤは、宣伝カーをカバ型にしただけではなく、何と本物のカバ(カバ子)を飼っていた。昭和28年に一歳で来日してカバヤのキャンペーンガールとして活躍したカバ子は、実は現在も石川動物園で健在だと言うから嬉しい。
カバヤは、宣伝は上手だったが、広告が下手だったのかも知れない・・・と、今日ふと思った。
「宣伝」と言う言葉は古くて奥が深い。「広告」と言う言葉はむしろ新しくて、マスメディアの時代に急浮上したかに思える。僕の勝手なイメージでは、広告は表層的で、宣伝は人の心に入り込むチカラを秘めた言葉だ。(参考コラム)
カバヤは、カバを乗せた移動動物園や宣伝カーで、草の根の宣伝キャラバンを展開して子供達に夢を与えて来たが、やがてマスメディアの時代に移行する中、広告の活用術で言えば、「チョッコレートはメ・イ・ジ!」のCMソングを作った明治や、「一粒300メートル」「一粒で二度おいしい」などのコピーを開発したグリコの方が上手だった。
各社が、広告の活用術、商品開発力とブランド育成技術(≒マーケティング力)で新時代に適合して伸び続ける。一方、カバヤはご存知のカバヤだ。もともと地元に根ざした銘菓でもなく、老舗でもないから「萩の月」や「虎屋」のようにも行かない。分家のオハヨー乳業は元気だが、本家はちょっと足踏みの時期の様子だ。
岡目八目的に言えば、何をリソースに勝負していいのか気づかずにいるかに見える。
だが、時代は繰り返す。表層の広告術やマーケティング競争、さらには流通の事情におもねったブランドには、早晩限界が訪れるのでは無いだろうか。自ブランドの本当の価値を自ら確信して、それを大切にしているブランドが結局は価値がある。カバヤには歴史があるが、歴史以上に志があったはずだが、現在のカバヤのHPからはノスタルジーは感じるが志の強さは見えてこない。(虎屋には両方がある)
先日上海を訪ねて感じたこと。「宣伝」はこれからのマーケティングのキーワードかもしれない。
この街では、表層的な広告は効かない。実利的な販促も一時的だ。人の心を深くえぐる「宣伝のチカラ」が雌雄を決する。おそらく、世界の市場はみなそうなのだろう。日本では、平和ボケの一時期に「広告が効きすぎた記憶」が未だ残っているが、これも早晩過去になる。と、思う。人の心に何かを書き込むには、宣伝のためにカバを飼うくらいのパワーが必要だ。
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こんにちは。広告と宣伝。勝手な解釈だけど、すごくよくわかる気がします。もっと人間的な熱さとかパワーが必要なんじゃないか、と。
で、押し売りみたいで申し訳ないんですが、辻井さんに、僕の1月31日&2月1日のエントリをお読み頂きたいんです。もし何か感想なりアドバイスがあればぜひお聞きしたいのですが・・・。ここにきてやっと、僕なりのブランディング論の、何かキッカケのようなものがつかめたような気がするんです。