年金50万円層とワーキングプアー。
一流企業を勤め上げて、57~63歳くらいで退職する人たちの中には、厚生年金+企業年金+退職金の半分運用などで、将来実質的に50万円級の年金を保証されている人々が結構居るようだ。天下り官僚のあきれた退職金には及びもつかないが、まあ結構な金額だ。
また、生活保護を受ける世帯数は、都市部では5%(=20件に一件)に迫ると言う話しも聞いた。その金額も20万円前後と聞いた(不確かですが)。
僕の以前の会社のオフィスのあったビルには、毎朝清掃会社の人たちが来てくれていて、その中に、75歳を遥かに超えているのではと思われるお婆さんがいて、ニコニコと元気に働いていらっしゃった。
元気で笑顔で仕事は何よりだ。だが、僕のつたない常識で考える限りでは、あのお婆さんの月収は決して20万を超えることは無いだろう。中小零細の事業経営者や、自営業者の収支も、寅さんの昔から中々大変な状況は変わらない。
「働けど働けど 我が暮らし楽にならず じっと手を見る」と歌ったのは」詩よりもむしろ借金の天才だった啄木で、彼の実感には余り共感できないが、詩の内容は今にも通じる。
ベストセラー「下流社会」が論じる前から、日本にはこうした矛盾が巣食い始めていた。平和が続いて、社会制度が膠着しつつ進化すると矛盾が増える。
働く若者よりも多額の年金で、団塊世代が幸せな老後を送って本当にいいのだろうか?お掃除で頑張るお婆ちゃんよりも、生活保護の家族が安心な暮らしでいいのだろうか?
何だか少し、やるせなさを感じる。
構造的格差でいえば、それでも日本は「フェアーシェアー」の世界だろう。運転手と社長の給料の差の例えが面白いが、「フェアープレイ」のアメリカでは、1000倍を遥かに超える(ゴールドマンサックス会長の今期のボーナスが70億円と聞いた)。ロシアでも、途上国でもきっとそうだろう。日本では一般には10~せいぜい数10倍以内だ。これはまあ、良いことでもあるとは思う。
以前フィンランドを旅したことがある。印象を言えば無階層社会だ。あらゆる人々がのびのびと自分サイズの生活を楽しんでいる空気を感じ取れた。ご存知、高税金・高福祉の北欧社会だ。それがベストとは言わないが・・・。
好景気の中で、日本の株価が低迷している。理由は? 内需の脆弱さに尽きると思う。個人貯蓄は世界最高水準だと言うのに、安心してお金が使えない世界なのだ。(まあ、贅沢を善としない国民性も有るが・・・江戸っ子はもっとキップが良かったみたいだぞ・・・)
景気の高揚は、実は本当に簡単だ。 みんなで「ヨーイ ドン!!」で有り金残らず使えば、景気は必ず上向くのだ。そんなの子供にでも分かる理屈だ。
昨年末、同級生と忘年会で話して笑った。「じっと辛抱して、老後に備えて(中途半端な)貯金などしていたから、景気が停滞して、結局リストラされちゃったよね~」と。
これは何処まで行ってもニワトリとタマゴ。どこかで安心して消費に向かえる流れの変化(将来への期待)が必要だ。それが政治だろう。
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