サイボーグな僕とネットな世界。
僕は1950年生まれ。「鉄腕アトム」を見て育ち、物心ついたころジェームスボンドの「007」を観て熱くなった。2001年宇宙の旅(1968年/スタンリー・キューブリック)という名画も有ったな~。
それから、数十年!いまやまさに21世紀。
僕はいまだにアトムのように空は飛べず、青山から銀座まで行くのに”ジュータイ”で忘年会に遅れてしまうけれど、高速の湾岸線を走れば、レインボウブリッヂ・お台場・みなと未来・・・と、天才手塚治が夢見た「21世紀」よりも遥かにステキに未来的な景色が広がっている。
それよりも何よりも象徴的なのは、007を助ける科学者「Q」が渾身の努力で開発した「スパイカメラ」や「通信機」よりも、僕の使っている「PC」や「ケイタイ」の方が、遥かに進んでいることだ。
20世紀が夢見た21世紀は、物体の移動(特に自分自身の移動)が新化して、さまざまなコンタクトやコミュニケーションが瞬時に可能になる世界だった。・・・・その夢は相当に裏切られている。残念ながら、今でも東京ーNYは10時間以上掛かる。(コンコルドなら半分以下だったのに、そのニーズは無かったということだ)。
その代わりに、「情報」の方が、ものすごい勢いで僕らに近づいて生きた。GoogleとYahoo!を使えば、(理論上は)居ながらにして世界中の全ての情報が、瞬時に僕のものになる(自分は動かなくても)。
結果的には、僕はアトム以上に情報リッチだし、007以上に諜報力もある。
特に「ケイタイ」の進化は、末恐ろしいと感じる。「PC」は進化した便利な「道具」に過ぎないけれど、「ケイタイ」は既に「道具」の域を超えて、「カラダの一部」としての進化を続けている。つまり、人間のサイボーグ化が進んでいるのだ。つまり、ケイタイの進化と普及(=Netのメリット×モバイルのメリット)とは、僕ら人間の「身体能力」自体の進化だということだ
僕の「耳」は、日本中の(時には世界中の)声が聞ける耳になった。僕の「目」はカメラの機能まで備えた。僕の「手」は今書いた手紙を、瞬時に世界中に送れる神の手になった。しかも僕は、天気予報も、地下鉄の時間も、株価も、地図も、今知りたいと思うことの殆ど全てを、親指一つの操作で、その場で手に入れられるスーパーマンになったのだ。
・・・・これであと、知れないものといえば何?・・・・明日の株価と、人の心の中くらいのものだ。
ネットとケイタイの普及から、まだたったの十年足らず。それでこうなのだから、マーケティングの根底が揺るがないわけが無い。AIDMAとか言う理屈が生まれたのは、1968年のことだ。AISASも早晩過去になる。
人が、新しい便利を我が物にして、生活のパターンを変えるスピードは、想像を絶するスピードのようだ。
僕に待望の孫が出来て幼稚園に行くころには、きっと、「お年玉」をケータイで送っているんだろうなと・・・・
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