池波正太郎ごっこ

| | トラックバック(0)

最近、蕎麦屋に若い女性客が多いと聞く。

しかも、ささっと軽い食事代わりにに「おそば」をと言うのじゃなく、板わさ、焼海苔、天麩羅などでゆっくり一杯やって締めにそばを食するのだ言う。・・・・どうして、(イタリアンとかの方が似合いそうな、君らのような若い女性が)好きこのんでこんな所でこんな飲み方をしてるの?と聞いたというから、おせっかいなヤツがいたものだが・・・・答えて曰く「池波正太郎ゴッコをしているの」だったとか。

ご存知池波正太郎氏といえば、食に含蓄の深い時代作家で、剣客商売や梅安シリーズの中にもふんだんに食のシーンが出てくるし、「散歩の時何か食べたくなって」など、食に関した著述も多い。

諸兄に今さらの説明は不要だろうけれど、江戸の時代は、蕎麦屋≒一杯飲み屋だったようで、酒を飲む器=今で言う「ぐい飲み」も、そば猪口の発展形だそうだ。当時の酒は、今のものを水で割ったように薄かったらしいから、そば猪口くらいの大きさでグビグビやってもよかったのだろう。一升二升の大酒のみの話も、多少割り引いて聞いて好いそうだ。

そう言えば僕はほんの少し骨董好きだが、古い時代のものに「ぐい飲み」は無い。(あれば、きっと偽物だと誰かに教わった)片口のような酒器の手ごろなものもほとんど無い。樽か大徳利から直接やっていたのかな~。

池波正太郎の時代小説は、人の「目線の高さ」からカメラを回すように描かれている気がして、とても「映像的」だ。お屋敷街の塀沿いに”小平”が歩いてゆく視界の描写、その先に見える行灯の灯り、暖簾をくぐって入った蕎麦屋の店内。そこにいる酔客達の様子、交わされている会話。店のオヤジの投げかけた視線・・・ちょうどテレビの時代劇を見ている気分で、一気に読み進んでしまう。剣客商売、鬼平犯科帳、仕掛け人梅安・・・氏の小説に魅せられて全巻読み切ってしまい、今は手持ち無沙汰と言う人の気持ちは実に良く分かる。

池波時代劇の世界は緻密に構成されている。あるシリーズに脇役で登場した悪党が、別作では主人公になり、その小説に登場した料理屋は、別のシリーズでもきっちりと存在感を持っていて相互に寸分の矛盾もない。氏は、ちょうど「箱庭」を作るように自分の作品の「江戸」を構築し、その中にお店を営ませ、その街に人々を暮らさせて、そこを覗き込む角度によってシリーズを書き分けていたのだろう。思いついた時に、思いついたなりの散文しか書けない僕などには到底出来ない「クリエイティブ」の才能だ。

平岩弓枝の”おん宿かわせみ”は、テレビドラマ感覚と言う点は池波に似ているが、映像のシズルも、箱庭の広さも、人物の心のひだの描写も、残念ながら池波世界には遠く及んでいないように思う。その点、藤沢周平の作品の舞台になる仮想の藩、「海坂藩」もそれに近いが、池波小説の箱庭とはまた違って、観念的、概念的存在の深さであって、映像的なリアリティーとは異なる。その代わりに、剣士の切り合いの描写は群を抜く。

井上靖の小説も、ものすごく情景を彷彿とさせるが、映像的というよりは「絵画的」で、刹那的な美の世界だ。司馬遼太郎は、思索的な世界は深いが視覚的な描写はあまり志さなかったように思う。

実は僕は「小説」として好きな順に並べると、井上→司馬→藤沢→池波の順になる(平岩はちょっと?だ)。

ただ、池波正太郎は「人物」としては別格に好きだ。出来ようことならああいう粋なオヤジになりたかったな~。いやむしろ”小平”になって、蕎麦屋で一杯やりたかった。その蕎麦屋に若い女の子達が来ていたら、鰊の棒煮か玉子焼きくらいおごってやっていたかった。(どう考えても無理だろうけど)

本はいい。どんなにNetが便利になっても、小説だけは「本」で読みたい。休みの日に、陽だまりで一杯やりながら小説を読むのが何より幸せな時間の一つだ。

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 池波正太郎ごっこ

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.vmlab.jp/cgi-bin/mt/mt-tb.cgi/35

プロフィール

VM Lab 辻井 良一

1983年セールスプロモーションの企画制作会社「株式会社アイベックス」を設立。プロモーション・プランナーとして、「売れる仕組みづくり」をキーワードに、さ まざまな企業の販促キャンペーン、市場導入プラン等に携わる。日本初のネットキャンペーン、キリンビバレッジ社「ネットでFIREキャンペーン」などを手がける。
このブログについて

VMLabについて

25年間プロモーションの最前線で、「売れる仕組みづくり」に携ってきた私、辻井良一(DG&Ibex創業者)が主宰する、「これからのマーケティング」を考えるラボです。
www.vmlab.jp

ブログパーツ

 

最近のコメント

このブログ記事について

このページは、tsujiiが2007年12月15日 15:22に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「メールと銀座のホステスさん。」です。

次のブログ記事は「教育と歴史感覚について思うこと。」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。