2007年12月アーカイブ

旅行は100年前がよかった。

ちょっと早めに休みをいただいて、インド経由でスリランカに来て見た。

僕の初めてのインドはもう二十余年前。以来インドは大好きで何回も来ていたが今回は8年ぶりほどになる。つまり、インドの経済振興が本格化してからは初めてという計算だ。それにしても、ものすごい変わりようだ。あの名車?アンバサダーをもう見かけもしない。サリー姿の女性もめっきり減った。

デリーにはマクドナルドができたと何かで読んで知っていたが本当にある(もっとも、チキンとフィッシュとベジタブルのバーガーだけでビーフはないそうだが・・・)。デリー周辺には、あんなにあったスラムもすっかり少なくなった。跡地には大規模ショッピングセンターが建設中だ。空港も増設中、高速道路もずいぶん整った。相変わらず、ラクダ車が走っていたり突然牛が出てきたりはするが。前回と比べてもこの変貌ぶりは想像以上だ。

だから、世界旅行は、行くなら急いだ方がいい。

さもないと世界中のどこへいってもマクドナルドと大ショッピングセンターだらけになってしまう。

年金問題の報道に思うこと。

消えた年金の行方の追求。マスコミの論調は鬼の首を取ったように激しい。

確かに、行政の怠慢は許しがたいし、世直しを唱える野党が、この問題を重大視するのも分かる。ただ、今の日本、これからの日本の「政治」を考える上で、「年金問題」の論点は、これだけでいいのだろうか。

けして多くはない給料の中から、一生懸命払った自分の掛け金がどこかへ行って分からなくなってしまっていたら、それは腹が立つこと夥しい。どう考えても行政の怠慢なのは誰にも分かる。でも、今の?今までの?これからの? 日本の政治を本当に考えると言う視点に立てば、その他にもさらに深刻な問題が「年金」の周辺に潜んでいるのではないだろうか。

つまり、その「年金」自体を全く~殆どもらえない、膨大な数の人々とその子供達の今後の問題だ。

今もなお、将来、年金をもらえなくなる人たちは増え続けている(=国民年金不払い率の上昇、ニートの増大)。これは、年金の着服や企業の不正とは全く別の、社会構造的問題だ。

今、「J-cast ニュース」が面白い。

最近、J-cast ニュースをよく覗く。日刊の雑誌と言ったテイストだ。

もと朝日新聞記者、週刊朝日を経て「アエラ」の編集長として活躍された蜷川真夫氏が設立した、株式会社ジェイキャストは、企業PR誌などの編集と、E-ラーニングを手がけていらしたが、2006年の7月にNet News”J-cast ニュース”を立ち上げた。同社にはアエラの二代目編集長大森千明氏も加わっており、朝日新聞~アエラ系の記者編集者の質はきわめて高い。

J-castニュースは、速報性を売るニュースサイトではない。むしろ、以前「ダカーポ」と言う雑誌があったが、あれに近い。僕の場合は、一日を終えて、テレビのニュースも見終えて、一杯やりながらさっと目に付く記事を探す。かなり突っ込み系の、生で過激な論調も多い。けっして気取った難しい内容ではないのだけれど、読者は、高意識層が多いと聞く。日本の”ホンネ”が覗ける気がして、近頃お気に入りだ。

テレビウオッチと言うページがあって、ここに「ワイドショー通信簿」と言うのがあり、各局のワイドショーが何をやっていたかが一覧できる。テレビを見ない親父には、うってつけの「世間の窓」だ。気に障る「みのもんた」のしゃべりに出会わずに、世間の話題が拾える。

ケイタイの履歴は「パンドラの箱」?

 

こんな記事を読んで、ちょっと・・・・怖くなった。

ケイタイの覗き見で→殺人!?

 

殺人に至る事件は稀だろうが、似た問題は随所にあるようだ。

 知る機能・伝える機能を、一気に向上させた「人間」が抱えた新たな難問だ。

見る権利?/見ない自由??    あなたは、見る?見ない?

 文明の進化は、常に、文化の成長に先んずる

古くは鋼鉄の剣、新しくは核爆弾?自動車の誕生と交通ルールも同列だが、人は自分の発明について行くのに、一拍遅れる生き物のようだ。

今、時代の新たなテーマ が、コミュニケーション(情報流通)の部分で熱い。

サイボーグな僕とネットな世界。

僕は1950年生まれ。「鉄腕アトム」を見て育ち、物心ついたころジェームスボンドの「007」を観て熱くなった。2001年宇宙の旅(1968年/スタンリー・キューブリック)という名画も有ったな~。

それから、数十年!いまやまさに21世紀。

僕はいまだにアトムのように空は飛べず、青山から銀座まで行くのに”ジュータイ”で忘年会に遅れてしまうけれど、高速の湾岸線を走れば、レインボウブリッヂ・お台場・みなと未来・・・と、天才手塚治が夢見た「21世紀」よりも遥かにステキに未来的な景色が広がっている。

それよりも何よりも象徴的なのは、007を助ける科学者「Q」が渾身の努力で開発した「スパイカメラ」や「通信機」よりも、僕の使っている「PC」や「ケイタイ」の方が、遥かに進んでいることだ。

20世紀が夢見た21世紀は、物体の移動(特に自分自身の移動)が新化して、さまざまなコンタクトやコミュニケーションが瞬時に可能になる世界だった。・・・・その夢は相当に裏切られている。残念ながら、今でも東京ーNYは10時間以上掛かる。(コンコルドなら半分以下だったのに、そのニーズは無かったということだ)。

その代わりに、「情報」の方が、ものすごい勢いで僕らに近づいて生きた。GoogleとYahoo!を使えば、(理論上は)居ながらにして世界中の全ての情報が、瞬時に僕のものになる(自分は動かなくても)。

教育と歴史感覚について思うこと。

物心ついて「歴史」を学んだのは、中学生になってからだったような記憶しかない。

僕が子供心に「時代」や「歴史」を感じたのは、映画「鞍馬天狗」や「旗本退屈男」だ。ちょんまげを結い、時に覆面頭巾を被り、腰に刀を差したヒーローが悪党どもをバタバタと切り捨てる「時代劇=江戸時代」の世界は、現実世界とは全く無縁の別世界として印象付けられた。

少し大人になって歴史年表は学んだが、それでも感覚的に「江戸時代」は、現代よりも飛鳥時代や平安時代に近い存在で、ほんの100年前のこととはどうしても感じられないままにテレビで「水戸黄門」を観ていた。

僕は1950年生まれだから、明治維新(1868年)からはわずか80年ほどしか経っていない時の生まれだ。その僕が今はもう57歳になる。50年前は完全に現在に繋がっていると言うのに、この経年感覚と、江戸と現代の隔絶感はやはりものすごくおかしい。

日本の教育は、二度、江戸を「過去」としたのだと思う。

最初は、維新政府の改革志向が、江戸の旧文化の全てを否定して「文明開化」を説いたのだろう。そして第二波は、戦後の民主教育だ。そうして、日本人は、わずか数十年前の「江戸の文化」を隔絶した過去として教え込まれた。

池波正太郎ごっこ

最近、蕎麦屋に若い女性客が多いと聞く。

しかも、ささっと軽い食事代わりにに「おそば」をと言うのじゃなく、板わさ、焼海苔、天麩羅などでゆっくり一杯やって締めにそばを食するのだ言う。・・・・どうして、(イタリアンとかの方が似合いそうな、君らのような若い女性が)好きこのんでこんな所でこんな飲み方をしてるの?と聞いたというから、おせっかいなヤツがいたものだが・・・・答えて曰く「池波正太郎ゴッコをしているの」だったとか。

ご存知池波正太郎氏といえば、食に含蓄の深い時代作家で、剣客商売や梅安シリーズの中にもふんだんに食のシーンが出てくるし、「散歩の時何か食べたくなって」など、食に関した著述も多い。

諸兄に今さらの説明は不要だろうけれど、江戸の時代は、蕎麦屋≒一杯飲み屋だったようで、酒を飲む器=今で言う「ぐい飲み」も、そば猪口の発展形だそうだ。当時の酒は、今のものを水で割ったように薄かったらしいから、そば猪口くらいの大きさでグビグビやってもよかったのだろう。一升二升の大酒のみの話も、多少割り引いて聞いて好いそうだ。

そう言えば僕はほんの少し骨董好きだが、古い時代のものに「ぐい飲み」は無い。(あれば、きっと偽物だと誰かに教わった)片口のような酒器の手ごろなものもほとんど無い。樽か大徳利から直接やっていたのかな~。

メールと銀座のホステスさん。

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僕のITリテラシーは極めて低い方に属する。先日も、ウィルスバスターを(自分で!!)ダウンロードするのに四苦八苦した。実は、約束した客人との食事の時間までの30分が手持ち無沙汰だったので、その時間でダウンロードしようと思って、クリックしてしまったら、一時間近くかかってしまって、すっかり客を待たせてしまった。(でも、出来たぞ自分で!! スモールカンパニーの社長は、こうしてゼネラリストに育って行くのだ/笑)

いやいや、今日書こうと思ったテーマはこれじゃない。メールと電話の話だ。

ITリテラシーは極めて低い僕だけれど、メールは結構上手に(ありがたく)使いこなしていると思う。

僕は2000年頃から、メールを使い始めた。最初の頃は(今なら笑っちゃうけど)「メールで失礼します・・・云々・・・」なんて書き出しだったな~。

メールを使い始めた頃”CC"の便利さに驚嘆した覚えがある。メールを使う直前まではFAXを多用していた。FAXのCC機能も使っていた。夜中まで掛かった仕事の経過物を、FAXのCCで関係者に送信して帰ると、翌日に出勤した頃に返事が戻ってきていて便利だった。

メールも、FAXも、相手の時間を邪魔しないところが、電話と違って便利なところだ。

メールのありがたさを誰よりも先に実感したのは、銀座のホステスさんだったと言う話を知っているだろうか?

プーチンの笑顔を探してみよう。

そう言えば、ロシアの大統領・プーチンの「笑顔」の写真を見た記憶が無い・・・・と、さる新聞のコラムを読んで納得した。強いロシアの指導者は、強い顔をし続けていなければいけない。だから彼は、マスコミのカメラの前では決して笑わない。でも、カメラがいなくなると盛んにジョークを飛ばし、大声を上げて笑うのだそうだ。

大統領の任期が切れたら、首相に就任して院政を張る。したたかな政治のプロは、「表情」のコントロールにまで完璧を期して来たのだ。と、考えるとちょっと彼が空恐ろしくなった。ゴルバチョフもエリチンも良く笑っていたけれど、プーチンは笑わない。そこが、プーチンのプーチンたる部分だと気づいた。

アメリカの大統領は、きっと「好感度」を高める笑顔の練習をするのだろう。フランスの大統領にはエスプリの深みが似合う(その意味では、今のは僕には??だ)。ドイツの首相には合理派の、イギリスの女王には責任の、やはり笑顔が似合う。中国の主席は、計算づくの微笑を使う。(鄧小平は奔放に笑っていたな~)・・・では、日本の首相にはどんな表情が似合うのだろうか?似合う似合わないと言うより、わが国の元首にはどんな表情をしていて欲しいか?かも知れない。(ついでに田中角栄まで思い出してしまった)。

一国の元首の表情に、威厳が無いのは何より情けない。(正直、富市さんの時は参ったな~)

auの独走に翳り?

週末の読売新聞に、ケイタイ三社の純増競争の推移がグラフ入りで大きく出ていた。好調だったauが急に伸び悩み、soft bankが猛追中と。

僕自身は、十余年来ずうっとドコモだったのだが、日常の生活圏でアンテナの立たないところが多いことに閉口して、ナンバーポータビリティー制度を使って、一度auに切り替えた。切り替えてみたら、そのauが、海外対応でまるでダメダメなことに初めて気づき、わずか半年でドコモの海外対応機種に戻した。本当に不勉強極まりないタタリ。

そんな馬鹿オヤジは(純増競争で)絶不調と言われるドコモから見ると、とても嬉しいお客だったようで”お帰りなさいプログラム”とか言う制度で大変優遇されて、一度は消えたポイントも復元した。だがやはり、相変わらず電波のつながらない所は残っている。どっちもどっちもかな?

顧客の選択で、シェアがめまぐるしく変わる業種は、広告販促業界の大のお得意様になる。

一昔前を思い出すと0041とか00??とか、国際電話の割引ダイヤルの競争が熾烈だったけれど、今はどうやって掛けているのかの意識も無いな~。

お定まりのパターンで、このところ、ケイタイ三社のCM合戦が、実にかまびすしい。

 

江戸の豪商はどこへ消えた?

徳川時代、江戸・蔵前の札差に代表される「豪商」達の儲けの構造は絶大だったと物の本で読んだ。

徳川幕府の御家人達は「米」で俸給を得るが、当時の江戸は既に貨幣経済の世界になっているから、彼らは米をお金に変えなければ暮らして行けない。その換金商が「札差」で、109株限定の免許制だったと言う。

免許制だから仕事は保証されている。換金業だから当然利ざやを抜く。しかも、ここが面白いのだけれど、御家人に俸禄米が支給される時期は(年三回)決まっているから、その時期は供給量が増えて米相場は必ず下がる。下がった時期の価格でさらに安く買い取った米を、彼ら札差はじっと蓄えて相場を読み、高騰時に売りさばいてさらに儲ける。これでは儲からないはずが無い。

当時の札差たちは、笑いが止まらないほどに儲かったという。でも、不思議と彼らの末裔は今日の財閥などに繋がっていないのだ。経済環境や法制の変化なども有ったのかも知れない。ただ、僕が仕入れた知識では面白おかしくこう説いていた。

札差のお大人たちも「江戸っ子」だったのだと。つまり「宵越しの銭は持たない」気風の人たちだったのだと。

星野ジャパン、バンザ~イ!!

星野よ貴方は偉かった!!

昨日の韓国戦は、確かに選手の頑張りだったけれど、今日の台湾戦、逆転2ラン後の7回表は貴方の功績かもしれない。あの満塁でのスクイズは高校野球よりも凄かった。あの場面であのサインを出すのは、どんなに恐ろしかったでしょう。でも貴方は笑っていた。本当に偉い!本当にすごい!バンザイです。

歴代ジャパン監督の人選を振り返ると、長島・王は、日本の野球界では別格の存在。言わば天界の住人ですから、人間性や毀誉褒貶は余り語られません。でも星野さんは赤い血の流れる普通の人間としての存在に思えます。しかも今回、野球は最後のオリンピック。出られなければ罵詈雑言、出られたとしてもメダルが無ければ非難轟々。

よく引き受けてくれましたね。そして良く「勝って当たり前」の予選を、きっちり勝ってくれましたね。心からありがとうです。インタビューの時の貴方も、飾らなくって大好きです(涙)。

監督=CEOの話は先日も書きました。

プロフィール

VM Lab 辻井 良一

1983年セールスプロモーションの企画制作会社「株式会社アイベックス」を設立。プロモーション・プランナーとして、「売れる仕組みづくり」をキーワードに、さ まざまな企業の販促キャンペーン、市場導入プラン等に携わる。日本初のネットキャンペーン、キリンビバレッジ社「ネットでFIREキャンペーン」などを手がける。
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25年間プロモーションの最前線で、「売れる仕組みづくり」に携ってきた私、辻井良一(DG&Ibex創業者)が主宰する、「これからのマーケティング」を考えるラボです。
www.vmlab.jp

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