千のトイレプロジェクト: 2008年4月アーカイブ
帰ってきました。
東ティモール1週間の出張から無事帰って来ました。
ユニセフさんのアテンドで、連日かなりハードな山登り系の視察とMTGの旅でしたが、子ども達の笑顔が何よりのお土産です。
この国は長くポルトガルの植民地でしたが、やがて、独立を果たしたインドネシアの侵攻を受け統治下に入ります。以降それなりの開発も進みましたが、その後1990年代に帰属と独立をめぐる内紛に陥り、結果的には国民の50%が家を焼かれ、住処を失い、わずかなインフラをことごとく損壊すると言う不幸に見舞われました。
複雑な経緯の中、最終的には2002年に正式に独立を果たし、国際社会からも承認を得て今日に至っています。
今回は主に、水と衛生の状況に関する視察でした。上下水道のインフラが元々乏しかった上に、動乱の時期に致命的なダメージを受けてしまっています。
具体的な例で言えば、学校の校舎はありそこには手洗い場やトイレの設備もあるのですが、混乱のダメージで水が流れなくなり全く使えない状況です。上級生達が毎朝1キロも離れた水源に水を汲みに行き、水槽に水を貯めて使っている。或いは周辺の草むらで用を足すという具合です。
日程無事終了!
首都ディリーから、毎朝8時前後の出発で郡部の村や学校を訪ね、暮らしぶりや水と衛生の事情を視察。この国は山がちで村落が高地にあります。足を踏み外したら数百メートル転がり落ちそうな急斜面を、下ったり登ったりで・・・日ごろ鍛えている僕にも?地とハードでした。
村を挙げての大歓迎のダンスやセレモニーに感動し、長老の顔のしわ深さに心打たれ、子供たちの笑顔に魅せられました。この国が大好きになりました。
夕方からはユニセフさんの事務所でのMTGや大使館訪問など。
夕食をそろって取った後、また誰かの部屋で反省会?の一週間でした。
ハードでしたが、すがすがしい気分で帰国の準備です。
おや、あと15分でバスが出ますので、帰ったらまた書かせてもらいます。
辻井@東ティモール、3日目でヘろへろです。
ちょっとしんどいです~~、が、やっとネットがつながったのでちょっと書きます。
現地3日目の今朝は5時半起き、朝ごはんも抜きで6時半出発。ランクルで山越え二時間でした。この国は山がちな国土で首都ディリーから物の20分ほどで2000メートルl級の山越えの峠道に入ります。
この美しさが・・・・・・。少し写真も撮りましたので、帰ったらUPの方法を勉強してトライしてみます。
二時間後、抜けるような青空の下、村の小学校でかわいらしい少女たちの歓迎のダンスに迎えられて、当地の学校でセレモニーとイベントでした。なんだか心が洗われました。
村長さんや現地のNGOの方々、日本のNPOの方々ともたくさんお会いできました。みんな、ココロのきれいな方たちばっかりです。(ああああ~~~それに引き比べ、僕の57年は・・・と、人生を考え直してしまうような時間でした)
子供たちの笑顔の写真をたくさんたくさん撮りました。ファインダーを通じて、元気をもらえた気分です。
この国は人口の50%が18歳未満。一世帯平均5人の子沢山ですからとにかく活気にあふれています。通学の道みちを、瞳のきれいな子供たちが連れだって通って行く朝の景色が何ともいえず新鮮でした。
子供が多いってステキな事です。そう言えば僕の子供時代も、なにしろ子供が多かったな~。ガンバレ日本のお母さんたち!!という気分です。
ワインが効いてきました。明日も7時起き。僕が寝坊すると20人に迷惑がかかると言うのは結構プレッシャーです。
オヤスミナサイ
今日から一週間行ってきます。
今日20日(日)から、27日(日)まで東ティモールです。
東ティモールは、アジアで一番若い国で、まだまだインフラが整っていません。日中はユニセフさんのアテンドで郡部のコミュニティーなどを訪問し、「水と衛生のプロジェクト」の現場を視察訪問させてもらい、夜は首都ディリのHotelですが、ホテルではNetは繋がらないとのこと。
Netカフェのようなところはあるそうなので、何とか何回かはエントリをアップしたいつもりですが・・・上手くいくか少し心配。
しばらく無口なBlogになってしまったらごめんなさい。
苦節6カ月目の東ティモール。
今週末から出張だ。珍しく仕事で、しかも渡航先は東ティモール。内弁慶で(仕事での)海外出張嫌いの僕には、実に新鮮な展開だ。
半年前の秋、僕は「バリューマーケティング研究所」開設のご案内文を一所懸命考えていた。
83年に立ち上げて二十余年。自分の分身と言うか、自分自身の別名と言うような思いでやってきた、公私混同会社「アイベックス」を、2004年にDGグループとM&Aして、現DG&IIbexとしてから3年目の2007年のことだ。
老兵は去るのみと言うか・・・もう、この(元)社長室に居座っていてはいけないなと・・・ひとつは会社の次のステージのために、もうひとつは、実は僕自身のまだまだ長い人生のために。僕は自分の、新しい看板が欲しかった。
アイベックス時代には、セールスプロモーション=いわゆるSPの企画会社からスタートして、僕は途中で「SP」が大嫌いになった。
理由は簡単。メディアを売る為にマーケやCRの理屈を磨いていた(いる?)、大手広告代理店、D社H社の下請けプロダクションとして「売りつける為のアイディア」を出し続ける仕事が空しくなった。
「売りつける」、から一歩進化して、「売れる仕組みづくり」と言ったのは、僕が最初だったかと思う。(実は、相棒のRIMSの高橋の言葉なのだけれど)。
その「売れる仕組み」と言う言葉の下の鎧にも気付いて、実は僕は去年の秋でこの言葉を卒業した。
東ティモール、ドミンゴス大使閣下。
昨日、東ティモール大使館を訪問してドミンゴス大使とお話してきた。若くて精悍でカジュアルないい方だった。
7月からスタートするCSRタイプのキャンペーンで、ユニセフを通じて、同国を支援させていただくことに関してのご挨拶だ。
大使館は古巣のアイベックスの近く、六番町の六番町ハウスにあった。一階が東ティモール大使館で、二階がボスニアヘルツェゴビナ大使館。ごく小振りの大使館向けの賃貸物件と言う感じの建物だが、それなりの佇まいがあって素敵だった。大使館の要員は、大使閣下、二等書記官、事務員の日本人女性スタッフと、運転手さんの4人だ。
東ティモールは、アジアで一番新しいい独立国。面積は凡そ沖縄程度で人口100万人強。インドネシアからの独立に際する動乱で、国土のインフラの70%以上を失い、現在は厳しい環境化にあるが国の将来は明るい。油田もあるし天然ガスもある。
大使は40歳前後?法相から転じて駐日大使になったようだから、同国の対日意識の高さが伺える。独立運動時代からの活動家で、現首相とも親密だと言う通り、僅か一時間足らずの面談だったが、彼が国の将来を思う心意気を充分に感じ取れた。
「政府はまたどこかへ行ってしまうかも知れない存在だ。だが、国民(ピープル)は、この土地で生きてゆく。是非、東ティモールの人を見て、人を愛して欲しい」。ピープルtoピープルの付き合いが理想だと・・・・。
今週末から、クライアントやユニセフさん&取材の報道陣16人と一緒に、1週間の東ティモール出張。キャンペーンによる寄付で立ち上がる支援活動の現場をつぶさに見てくる予定だ。夏休みの時期予定している「写真展」の撮影も行う。
ユニセフのアテンドはあるが、つい先日は大統領が反体制派の襲撃で撃たれて、オーストラリアに緊急移送された。夜間外出禁止令(≒戒厳令)は2015年まで続くかも知れないとのことで、首都ディリーは良いが、山岳部は???と、大使からも改めて注意を喚起された。
ううううむ。不惜身命とはこのことか? マーケティングも、いよいよ命がけの時代になって来た(笑)。


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